『月の物語』井上雅彦編
'99/1/1、廣済堂文庫、762円
 隔月刊の書き下ろしオリジナル・ホラー・アンソロジー集第八弾です。
収録作家:
安土萌、倉坂鬼一郎、若竹七海、松尾未来、草上仁、篠田真由美、岬兄悟、
ヒロモト森一、青山智樹、梶尾真治、横田順彌、岡本賢一、北野勇作、
牧野修、眉村卓、高橋葉介、朝松健、霧島ケイ、南條竹則、大原まり子、
竹河聖、加門七海、菊地秀行、井上雅彦

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 お題が月ということで、今までよりSF色が強いです。新人の青山智樹
さんの「月の上の小さな魔女」は、近代的な月世界基地を背景にした可愛
い魔女ものと言うところが目新しいですね。あっと驚く壮大な仕掛けが隠
された変身モノの草上さんの「月見れば−」、説明するのもアホらしい傑
作、梶尾さんの「六人目の貴公子」、堀晃さんのいかにもSFらしい落ちの
新作「地球食」などが、SFファンにお薦め。


『念力密室!』西澤保彦著
'99/1/8、講談社NOVELS、840円
既刊の『幻惑密室』『実況中死』と登場人物を同じくする連作短編集。
収録作:「念力密室」「死体はベランダに遭難する 念力密室2」
    「鍵の抜ける道 念力密室3」「乳児の告発 念力密室4」
    「鍵の戻る道 念力密室5」番外編の「念力密室F」

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 私は、このシリーズが無茶苦茶好きなんで、ちょっとバイアスがかか
ってるかも知れません。売れないミステリ作家と美貌の女性警部、天使
のように可愛いけどドジな<超能力者問題秘密対策委員会出張相談員・(
見習い)>の神麻嗣子のトリオが推理するサイコキネシスがテーマの連作
短編集です。超能力が使われるのはある時点でだけで、主としてどうし
てそこで能力が使われたか、その謎解きがメイン。
 ミステリファン、SFファン双方に薦められる面白さですね。


『フェアリイ・ランド』ポール・J・マコーリイ著
嶋田洋一訳、'99/1/20、早川書房、2500円
アーサー・C・クラーク賞、ジョン・W・キャンベル記念賞受賞!
粗筋:
 大異変と呼ばれる気候の大変動により極冠が融け、水没したアジア・アフ
リカからの大量の難民が英国に流れ込んだ未来。
 ロンドン在住の遺伝子ハッカーであるアレックスは、暗黒街の大立て者に
ドールと呼ばれる人間の遺伝子を元にした人工生命体の改造を依頼される。
 謎の少女ミレーナの協力で、ドールの知性拡大に成功したアレックスだが
ミレーナは姿をくらましてしまう。アレックスは彼女を忘れられず(魅了され
ることを強制された?)その後を追うが・・・
 やがて彼女は生殖力を持ち、人間から独立した存在となったドール=フェ
アリイの女王としてアレックスの知るところとなる。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 人間によって作り出され、人間に敵対するドールと言えば、真っ先にリチ
ャード・コールダー氏の諸作を思い起こすのですが、マコーリイ氏の作品も
専門であるバイオテクノロジーやナノテク、ネットワークと多彩な広がりを
楽しませてくれます。
 SFとして読むとちょっと違和感があるかな。


『造物主の選択』ジェイムズ・P・ホーガン著
小隅黎訳、'99/1/29、創元SF文庫、800円
 『造物主の掟』から12年経ってやっと出た続編
 土星の衛星タイタンで自己増殖をする機械生命体と接触した人類。
 中世さながらの世界を営んでいた彼ら<タロイド>の自己増殖技術を得よう
とする地球各国の陰謀により、内政干渉の企てがあったが、使節団に加わっ
ていた心霊術師ザンベンドルフの活躍により、タロイドに古い専制君主制を
捨てさせ、よりリベラルな政治への動きが始まっていった(以上前編)
粗筋:
 タロイドの生みの親、トリから進化し他人を騙すことに長けた異星人ポリ
ジャンは、地球人科学者の専門馬鹿ぶりにつけ込み、タイタン、果ては地球
まで乗っ取ろうと企むのです。このポリジャンの性格付けがなかなか人を喰
ってて、愉快ですね。何をしようとしても疑われることが当然で、先の先ま
で読むのが習い性になっている種族ですから、地球人を騙すことなんて、お
茶の子。まあ、そこに立ちはだかるのが、我らがザンベンドルフですが!

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 最近のホーガン氏のSFでは出色。筋立てでちょっと無理があるところは
なきにしもあらずだし、登場人物があまりにステレオタイプなのがいまいち
なのですが、ユーモアたっぷりの描き方で、大いに楽しめました。ホーガン
氏のファン、ユーモアSFのファンには大推薦です。


『新艦長着任!(上・下)』デイヴッド・ウェーバー著
矢口悟訳、'99/1/31、ハヤカワ文庫SF、各640円
紅の勇者オナー・ハリントン1
粗筋:
 マンティコア王国航宙軍の女性士官であるオナーは、待望の新艦長として
巡洋艦フィアレスに乗り込む。実はこの艦には、レーザーやミサイルなどの
兵器の大部分を取り去り、扱いにくく接近戦でしか役に立たない重力鎗を取
り付けてあったのだ。着任早々の軍事演習では、最初の模擬戦闘にこそ、そ
の重力鎗を用いて冷や汗ものの勝利を収めるが、結果的には散々な成績に終
わってしまう。軍上層部の軋轢のとばっちりを受けたオナーが左遷された行
き先は、辺境のバシリスク星系であった。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 最近のアメリカのミリタリイSF御三家は、"ヴォルコシガン"のビジョルド
と"シーフォート"のファインタックとウェーバーだそうですが、面白さ完
成度の点から言うと、"オナー・ハリントン"<"シーフォート"<"ヴォルコ
シガン"の順になりますね。
 海洋帆船冒険SFがお好きな人、あまり頭を使わないスカッとしたSFを読み
たい方にお薦め。


『スタープレックス』ロバート・J・ソウヤー著
内田昌之訳、'99/1/31、ハヤカワ文庫SF、800円
粗筋:
 ショートカットと呼ばれる超空間通路を人類が発見して17年、数十億はある
と思われるその通路を使って四種族合同の探査船が宇宙探査に赴いていた。
 六本足で乱暴なウォルダフード族、数種類の生命体の群体であるイブ族、そ
して人類とイルカ族から成る乗員一千名を率いる指揮官キースは、新たなショ
ートカットが発見されたとの知らせを受け、早速現地に赴き探査プロープを送
り出す。しかしそこに映し出された映像は、真空中ではあり得ない瞬く星々が
あった。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 異星人との軋轢、ダークマター(暗黒物質)の正体、時間旅行、宇宙の行く末
等々のSFならではの壮大なアイデアをぶち込んだ一級のエンターテイメントに
仕上がっています。特にショートカットから恒星が出てくるシーンなどは、SF
の醍醐味を味あわせてくれます。そしてその恒星が何故ショートカットから出
て来るかの理由ときたら・・・
 宇宙SF・ハードSFファンには特にお薦め。


『バースデイ』鈴木光司著
'99/2/5、角川書店、1400円
《リング》三部作外伝
収録作:
「空に浮かぶ船」「レモンハート」「ハッピー・バースデイ」

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 あの、ホラー→SFへの大転換を経て完結したシリーズの隠された
エピソード。何処へ転げ落ちていくのか分からないスリリングさのあ
った三部作に比べると、予定調和と言いましょうか、語られるべきエ
ピソードが、あるべきところに填ったという印象を持ちました。
 増殖する貞子のイメージは凄いけど、ユーモアSFの短編にも同じ
設定のがあったからなぁ。


『チグリスとユーフラテス』新井素子著
'99/2/10、集英社、1800円
粗筋:
 子供が産めると言うことだけで特権階級・有資格者だったマリア・Dは、子
宮摘出を嫌ってコールドスリープに入った。ある日目覚めてみると、なんとそ
こには異様な風体、幼女の格好をした白髪の老婆がいた。なんとそれは、マリ
アが妹のようにかわいがったイヴ・Eの顔によく似ていたのだ。

 遙かな未来、地球人類は他の恒星系に移住するために移民船を建造した。そ
の九番目の移民船は、惑星<ナイン>に向かい、それにはキャプテン・リュウ
イチ以下、日本人三十名のクルーが乗り組んでいた。彼らは無事ナインに到着
地球化を終えた惑星で、凍結卵子&人工子宮の利用によって最盛期には百二十
万を擁するナイン社会を作り上げていた。しかしある時から生殖能力を欠く人
間が増加を始め、人口が減少に転じていった。そうして<最後の子供・ルナ>
が誕生した・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 女性の目から描く人類の存在意義の物語です。「人類とは?」と大上段に構
えるのではなく、各女性の人生観・生活を描くことによってその当時の社会情
勢を浮かび上がらせ、彼女たちが人生の意義をどういう処に見いだすかによっ
て総体としてナイン移住計画の是非を問うています。
 この<最後の子供・ルナ>ちゃんは(といっても70歳を超えた老婆)困ったも
ので、次々コールドスリープに入っている女性を起こしていくのです。つまり
登場人物は、ルナと各章で無理矢理目覚めさせられた女性の二人だけ。だんだ
ん昔に冬眠に入った人を目覚めさせていくので、逆年代記の形式を取っている
とも言えます。考えようによっては悲惨な救いようのない話なのですが、作者
の人類に対する暖かく力強い視線があるので読後感は最高です。
 ちなみにチグリスとユーフラテスというのは、無人の宇宙港を飛ぶ一つがい
の螢の名前です。新井素子さんが描いた、壮大でリリカルな世界をぜひお楽し
み下さい。


『エンディミオン』ダン・シモンズ著
酒井昭伸訳、'99/2/28、早川書房、3000円
粗筋:
 <連邦>の崩壊から約300年後、人類はパクスと呼ばれるカトリック教会の庇護の下
にあった。教会は、改良された聖十字架を信者に与えることによって復活を保証し、
一方ではその教皇庁護衛隊の軍事力によって、各惑星を支配していた。
 惑星ハイペリオンで狩猟ガイドをしていたエンディミオンは、金持ち相手のガイド
中にトラブルに遭い死刑判決を受けてしまう。しかし、かの老詩人サイリーナスによ
って一命を救われ、手助けを懇願される。その願いとは、まもなく<時間の墓標>か
ら現れるはずのレイミアの娘アイネイアーを、教皇庁護衛隊の手から無事救出し保護
する事であった。
 一方、パクスの特命を受けたデ・ソヤ神父大佐は、アイネイアーをパクスの元に送
り届けるべく<時間の墓標>で待ち受けていた。しかし、そこに現れたのは少女だけ
ではなく、恐るべき怪物シュライクが出現したのだった。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 ☆一つの減点は、やはり物語が完結してないことにつきます。謎が謎を呼び欲求不
満も甚だしいので、待てる人は'99年度中に出版予定の完結編"The Rise of Endymion"
が出てから一気に読まれることをお薦めします。
 本書中の白眉は、やはり氷結した惑星ソル・ドラニコ・セプテムでの冒険シーンで
しょうか。雪魑魅が出没する凍てついた惑星の洞窟からの脱出の場面は手に汗を握り
ます。また、アイネイアーを追跡するデ・ソヤ神父大佐も魅力的ですね。体細胞が壊
れてしまう加速Gをものともせず、彼女の追跡に邁進する任務一途の好人物です。い
くら聖十字架が体を再構築してくれるとはいえ、何ども死んで復活するわけですから。


『プラネットハザード−惑星探査員帰還せず−(上・下)』
ジェイムズ・アラン・ガードナー著
関口幸夫訳、'99/2/28、ハヤカワ文庫SF、各620円
粗筋:
 25世紀、惑星探査要員のラモスは、派遣された探査員が必ず行方不明になっ
てしまうという惑星メラクィンの調査を命ぜられる。着陸直後のトラブルで、
同行したチー提督と同僚を失ってしまった彼女は、そこで人間によく似たガラ
スの体を持つ不思議な生命体と出会う。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 肉体的に魅力のある者よりも醜く欠陥のある者が死んだ方が志気に及ぼす影
響が少ないという強引な理由で選抜された惑星探査要員。主人公のラモス嬢も
顔に大きな痣があるのです。この設定を見ると、エイヴァリーの書くところの
重罪犯や社会不適応者で構成された<コンラッド消耗部隊>をちょっと思い出
しますね。しかし、顔の痣だけで危険な任務に就かなければならないという強
引な設定がお話の展開の上で上手く活かされているかというと、そうでもない
のが辛いところです。


『幻惑の極微機械(上・下)』リンダ・ナガタ著
中原尚哉訳、'99/2/28、ハヤカワ文庫SF、各660円
粗筋:
 かつて陥穽星に降りて一命をとりとめたジュピターは、陥穽星のコミュニオン
こそ人類に残された理想であるとの信念のもと、そのカリスマ性を遺憾なく発揮
し、彼を信奉するグループとともに宇宙船ネセレス号に乗り組み、委員会星団か
ら旅だった。太古のチェンジーム人が残した殺戮機械やナノマシンによって人類
は絶滅の危機にさらされていた。そしてジュピターの言によれば、陥穽星では、
人類とエイリアンさえもが生きた基質のなかで一体となって、チェンジーム人の
毒に汚されないまま、三千万年以上も存在し続けているというのだ。
 陥穽星に降り立つためには、軌道エレベータを通過しなくてはならない一行は、
そこで暮らしている絹人と戦闘状態に陥った。絹市内で軌道エレベータの軌条が
切断されたため、乗降ベイの耐圧ドアを開けるため、ジュピターの息子で八歳に
なるロトは、身体の小ささを活かして通気ダクトにもぐりこんだ。しかしそれに
続く戦闘で、ロトはジュピターと離れてしまい、絹人の軍隊に捕らえられてしま
う。
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 絢爛たるスペクタル絵巻ですねぇ。処女長編の『極微機械ボーア・メイカー』
と同じ背景(SF的ガジェットも同じ)を持つこの長編は、さらにSF的にパワーアッ
プしていて楽しめます。人を魅了するカリスマータとか、抗精神ナノマシンなど
のアイデアも嬉しい仕掛けですが、その扱い(描き方)が、ハードSF的というよ
りは魔術的(作用原理とか疑似科学的説明が無い)なのがちょっと残念。ストーリ
ー展開そのものは、結構古めかしいので、安心して読めます(長所です)。SFファ
ン全般にお薦めできますが、コードウェイナー・スミスのファンやスワンウィッ
クのファンには特にお薦め。


『星々の荒野から』ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア著
中原尚哉訳、'99/2/28、ハヤカワ文庫SF、660円
収録作:
「天国の門」「ビーバーの涙」「おお、わが姉妹よ、光満つるその顔よ!」
「ラセンウジバエ解決法」「時分割の天使」「われら<夢>を盗みし者」
「スロー・ミュージック」「汚れなき戯れ」「星々の荒野から」
「たおやかな狂える手に」
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆☆
 ネビュラ賞受賞短編「ラセンウジバエ解決法」を含む、著者の後期の短編
集。いまさら、ティプトリー女史について解説はしませんが、上記短編を読
み返すにつけ、男の性欲と殺戮欲は、根元的なところで繋がっているのでは
ないかと考えてしまいます。あの事件、最近の事件、犯人を理解してくれる
可愛い子がもしいたとしたら、人の道を踏み誤らなかった可能性が高いよう
な気がしてなりません。


『SFバカ本 だるま篇』岬兄悟:大原まり子編
'99/3/1、廣済堂出版、552円
収録作:
山下定「リストラ・アサシン」
梶尾真治「奇跡の乗客たち」
かんべむさし「液体X」
松本侑子「サイバー帝国滞在記」
難波弘之「ゴースト・パーク」
大原まり子「花モ嵐モ」
牧野修「踊るバビロン」
岬兄悟「薄皮一枚」
井上雅彦「フィク・ダイバー」
岡本賢一「12人のいかれた男たち」

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 最近下ネタパワーがちょっと下火なのが悲しいですね(笑)SFファンにお薦めなの
は、やはり梶尾さんの作品(『器官切除』のハッピーエンド版とでも言いましょうか)
岬兄悟さんの作品(これは相変わらず素晴らしくもとんでもない下ネタ話)。あほら
しさ一番は岡本さんの作品かな(銀河冒険紀や「鍋が笑う」からは想像できませんが、
氏には『SFスナイパー』所載の「それゆけ薔薇姫!」という同傾向の怪作もあるの
です)


『ピラミッド』テリー・プラチェット著
久賀宣人訳、'99/3/3、鳥影社刊/星雲社発売、1800円
ディスクワールド・シリーズ
粗筋:
 王子テピックはアンクモルポーク「暗殺者養成学校」に入る。入学は簡単
だし退学も、昇天れば簡単なのだ。それなりに学校生活を楽しんでいたテピ
ックだが、ついに卒業試験を受けることになる。様々な難題をこなし、ある
人間を殺すのが卒業試験なのだ。
 ある日、テピックの父親であるファラオは王宮の屋根に座り、朝日を招来
しようとした。しかし、朝日は昇ってこない。焦った彼は、怒れる群衆が朝
日を招来できないファラオに抗議しに来る妄想を抱き、屋根の端に立ち、カ
モメになって飛び立つ。しかし精神だけ飛び立ったため、体は激しく地面に
叩きつけられ、死に神の世話になることに。
 父王の死を知ったテピックは、王国に帰ってくるが、そこではあらゆる神
々が神官を無視してお互いに争うなど、勝手のしほうだい。どうやら、古王
国は、異次元断層に閉じこめられてしまったようなのだ。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 相変わらずのプラチェット節が楽しい一冊。ファンタジーなのに、数式は
出てくるは、不確定性原理は出てくるはのやりたい邦題(爆)私のお気に入
りのキャラは、駱駝の「こんちくしょう」。彼は偉大な数学者で、古典的物
理学だけでなく、現代数学を操る数学者。気まぐれで本質的には人の言うこ
とを聞きませんが、良い道連れとなります。


『AIソロモン最後の挨拶』ジョン・マクラーレン著
鈴木恵訳、'99/3/19、創元ノヴェルズ、680円
粗筋:
 天才プログラマーのヒルトン・カスクは、新しいタイプのAIを開発
していた。その人工知能<ソロモン>の完成には、800万ドルの資金調達が
必要と思われ、大銀行と交渉していた。しかし土壇場で融資が得られな
くなり、計画は頓挫の憂き目に。そして身体が不調のため病院に検査に
行くと、なんと黒色腫に罹っていて、後数週間の命だというのだ。
 融資を断ってきた銀行のIBMの新システムが不調になったため、才能を
買われそのバグ取りに一時的に雇用された彼はとんでもない計画を思いつ
くのだが・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 コンピュータ時代の新タイプ復讐譚。設定なんかには変なところがある
ものの、楽しんで読めるのが良いですね。笑わせて、ちょっと物悲しい。


『夢の樹が接げたなら』森岡浩之著
'99/3/20、早川書房、1900円
収録作:
「夢の樹が接げたなら」「普通の子ども」「スパイス」「無限のコイン」
「個人的な理想郷」「代官」「ズーク」「夜明けのテロリスト」

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
『星界の紋章』を書いて、SF&早川書房という二重苦をものともせず、同書
をベストセラーに押し上げた作者の傑作短編集。どれも傑作揃いですが、私
的お薦めは、SFマガジン読者賞を獲得した、食べるために若い女の子を作
り出した男の企みを描く「スパイス」。もう一つ、『バベル17』をも彷彿
させる「夢の樹が接げたなら」は、言語を習得する画期的な学習法の普及で、
個人用の言語を設計する言語デザイナーという職業さえも生まれた世界で、
今までと全く違った構造を持つ言語に遭遇した結末を描いた傑作です。


『青らむ空のうつろのなかに』篠田節子著
'99/3/25、新潮社、1600円
収録作:
「幻の穀物危機」「やどかり」「操作手」「春の便り」
「家鳴り」「水球」「青らむ空のうつろのなかに」
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 篠田さんの魅力は、架空世界を紡ぎ出し、その一見荒唐無稽とも思える
設定に読者をすんなり入り込ませてしまう筆力にあると思うのですが、こ
の短編集でもそれが遺憾なく発揮されていると思います。SFファンには、
大地震による停電で寸断された都会の人々が田舎に押し掛けてきて起こす
食糧危機を描いた「幻の穀物危機」、同級生に虐められ、果ては両親にま
で見離された少年と豚がシンクロする様を描いた表題作がお薦めです。
 特筆すべきは、惚けが始まった老婦人と試験開発された福祉・介護ロボ
ットが織りなす不思議な世界を描いた「操作手」です。この短編は、日本
においては、筒井康隆さんの「お紺昇天」に始まり、東野司さんの「**
の日」シリーズに見られるちよっとウェットでリリカルなロボットものの
正統な後継者であると感じられました(篠田さんにそのつもりはないにせ
よ)立ち読みしてでも、絶対に読むべき短編です!。


『MONSTER7』岡本賢一著
'99/3/31、470円
《銀河冒険紀》完結編
粗筋:
 亜空間に閉じこめられそうになっている大型旅客宇宙船。その船には、エ
ネルギーの源となる雨骨石があるため、軍の特殊部隊モンスターセブンが出
動する予定になっていた。各自それぞれの思惑から、独自の救出作戦に加わ
ることになったアドラ以下お馴染み七人の面々も救出に向かうが・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 完結編なので、いままで明らかにされていなかった謎解きが最大の眼目。
 でも、ちょっと今回はストーリーが華に欠けるというか、キャラも含めて
ちと地味ですね。登場するキャラたちの涼やかな造形は相変わらずで、安心
して読めます。


『遙都 渾沌出現』柴田よしき著
'99/3/31、徳間書店、1200円
粗筋:
 前作『禍都』で、大地震と妖怪に襲われた京都大災害の一年半後、相変
わらずテニアン島は、京都上空に浮かび、その存在は人々の生活に多大な
影響を及ぼしていた。また琵琶湖の湖底からは巨大蛍が出現し、人々を襲
い始めていた。また危機管理委員会は様々な行政機構にもその手を伸ばす
一方"宝島の地図"を手に入れようと画策していた。
 また貴船神社の龍神から命を授かった木梨香流は、一条帝の生まれ変わ
りである恋人の真行寺君之とともに時空の狭間にある部屋に閉じこめられ
る羽目に陥っていた。

独断と偏見のお薦め度:☆☆1/2
 宇宙を渡って、異種族が近づいてきたり、時を渡る小屋が出てきたりと
SF的な設定には事欠きませんが、残念ながら全然本流の話が進んでない。
出来れば、次作が発売されてから通読することをお薦めします


 『リンク』ウォルト・ベッカー著
酒井昭伸訳、'99/3/31、徳間書店、1800円
粗筋:
 中央アフリカのマリ。そこにあるドゴン族の遺跡から、現代人のものとは
異なる化石化した骨と未知の合金でできた物体が発見された。発掘調査にあ
たっていたサマンサとリカルドは、旧知の友人でもあり、神話伝説に詳しい
異端の古人類学者、ジャックを呼ぶことになる。
 化石と謎の物体の素性を調べるために、南米ボリビアに飛んだ一行を待ち
受けていたものとは・・・
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 スピーディな展開、たたみかけるアクションシーンと、パワフルで読みや
すいです。帯にある「『X−ファイル』と『インディ・ジョーンズ』が合体」
というのは、その通りだとおもいますが、加うるに"ハンコック(『神々の指
紋』)"も入ってますねぇ(笑)


『エリコ』谷甲州著
'99/4/15、早川書房、2200円
粗筋:
 二十一世紀初頭。エリコは大阪に住む美貌の高級娼婦である。といっても元
は男で16歳の時に遺伝子工学を駆使した性転換をし、今は幼なじみの胡蝶蘭
(筋肉質で頼りになるガールフレンド)と無国籍都市大阪で一緒に暮らしている。
 ある日エリコは、顧客の依頼で、中国系犯罪組織<黒幇>から依頼されて、組
織のビルへと赴くがそこでは身体の各部を入念に点検されただけだった。後日
黒幇から、連絡があり出かけたエリコは、抗争に巻き込まれ拉致されてしまう。
 それはエリコを巡る国際間を股にかけた陰謀の幕開けに過ぎなかった・・・
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 帯に「嗜虐と倒錯のバイオサスペンス」とあります。まあその通りなんです
けど、これを谷さんが書いたというのが面白いですね。谷さんの他の本、例え
ば『終わりなき索敵』とか『白き峰の男』のなんかは、ちよっとストイックで
生真面目な印象を受けたのですが、この作品のノリは、大阪のどづき漫才に近
いものがあり、びっくりしました。考えてみれば、谷さんは兵庫県のご出身な
ので、大阪人のノリの良さを持たれていてもなんの不思議もないのですけど。
ノンストップ・アクション小説としても出色ですし、お薦めです。セックスが
テーマの一つとして扱われているのですが、エリコは大阪の女のバイタリティ
で乗り切っていくのでジメジメしたところはあまりありません。雰囲気的には
小松左京御大の『エスパイ』を想像していただければ間違いないと思います。

 以下ネタバレしている部分もあるので、ご注意。
 根本的な設定そのものは、眉村卓さんの『EXPO'87』なんかと共通する流れで
(日本の国際的地位向上のためというか、国際世界でリーダーとなるために、人
為的な"進化"を促すという点。『EXPO'87』では"産業将校"というエリートが出
てきました)すが、それにセックスを絡めたところが面白いです。
 関係ないですが、この眉村さんの作品は、読み返してみると'67年当時、既に
仮想現実を体験させる装置が出てきていて驚きました。


『バトル・ロワイアル』高見広春著
'99/4/15、太田出版、1480円
粗筋:
 1997年、準鎖国政策を取っている大東亜共和国では、全国の中学校から
毎年任意に三年生の五十学級を選んでプログラムを実施している。そのプ
ログラムとは、中学三年生のクラス内で、生徒をお互いに戦わせ、最後の
一人が生き残るまで続け、その所要時間を調べるというものだった。
 七原秋也は、香川県の町立中学校の三年生。かつては、リトルリーグの
天才ショートとして抜群の運動神経を誇っていた。七原たちを乗せた修学
旅行のバスは、目的地に向かって走っていたが、突然の睡魔に襲われて眠
り込んでしまう・・・
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 内容がちよっと行き過ぎだということで、第五回ホラー大賞から漏れて
しまったという一作。孤島で、少年達がお互いに争うというと、SFファ
ンなら真っ先にゴールディングの『蠅の王』('54)を連想されると思います。
しかしあちらが、最初は平和な秩序だった生活を送り、だんだんと内部対
立から人間の獣性を剥き出しにして争うという展開に対して、こちらは、
最初から殺し合う生徒も出てきて違いを感じさせますね。中学生が銃器の
扱いに妙に長けていたり、いくら自分が生き残るためとはいえ、同級生を
殺してしまうというゲームのような設定(もちろんチームをつくる生徒もい
ますが)は、あまりリアリティを感じさせられません。もちろん、作者は、
そういうところを描こうとしていないのだから、当たり前なんですが(苦笑)
 最近、アメリカの精神科医が、少年を二つのグループに分け、自由気まま
に行動できるようにして、互いにとことん敵対関係の中に突き放したままに
しておくという実験を行いました。その結果は、土壇場のところでまさに殺
しあいが始まろうとし、慌てて介入したそうです。少年たちの残虐性や獣性
は、人間本来の持っているもので、それを押さえ込んでいくのが、宗教とか
良識という社会(学校も)から教え込まれた規範だと思います。その機能が、
退化してしまったと感じられる昨今、とても興味深く読めた一冊でした。


『ディスコ2000』サラ・チャンピオン編
村井智之・小川隆他訳、'99/4/14、アーティストハウス、2000円
 1999年12月31日の最後の数時間という設定のなかで展開するストーリー
を集めたアンソロジー。値段まで2000だ!
収録作:
「世紀末大騒動」パット・キャディガン
「エキストラ」グラント・モリスン
「ドクター・ペッパーが好きなのか?」ボビー・Z・ブライト
「ミレニアム・ループ」チャーリー・ホール
「リアリティNo.2−僕が一番恐れている場所」ダグ・ホーズ
「パーティ!パーティ!!パーティ!!!」ポール・ディ・フィリポ
「ジャイガンティック」スティーヴ・エイレット
「ヤリまくろうぜ−その後のKLF」ビル・ドラモンド
「神の空に燦然と輝く花」マーティン・ミラー
「みんなここにいるかい?」ダグラス・ラシュコフ
「毒都」スティーヴ・ビアード
「クランチ」ニール・スティーヴンスン
「ダリの時計」ロバート・アントン・ウィルス
「アティヴァン工場の火事」ダグラス・クープランド
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 キャディガン女史やフィリポ氏の作品は、一読の価値あり。一番世紀末の感
じが出ていたのは、エイレット氏の過激な短編。いやはや、これは凄い。


『奇跡の輝き』リチャード・マシスン著
尾之上浩司訳、'99/4/23、創元推理文庫、720円('78)
 '99年度アカデミー賞最優秀視覚効果賞受賞映画の原作
粗筋:
 突然の自動車事故で病院に運び込まれるも、絶命したクリス。しかし彼は、なかなか
自分が死んだことが信じられず、この世に未練を残していた。しかし、霊媒には彼の姿
が見えるものの、最愛の妻は、それを聞かされても怖がるばかりだった。さすがの彼も
ついに諦めて、彼方の地を念じて旅立っていった。
 常夏の国と呼ばれるその楽園には、既に鬼籍に入って久しい懐かしい人たちも共に暮
らしていた。しかしまもなく、彼の元に悲報が届けられる。なんと最愛の妻アンが自殺
して、その魂は地獄へと・・・
 そしてクリスは、最愛の妻を救い出すために地獄へと赴くのだった。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 マシスン氏のこれまで紹介されてきた作品とは別の切り口を見せてくれますね。たし
かに感動の長編だと思います。SFじゃないかも知れない(笑)


『ハイ・フロンティア』笹本祐一著
'99/4/30、朝日ソノラマ文庫、490円
《星のパイロット》シリーズ第三弾
粗筋:
 超音速大型機の試験飛行をしていたガルベス・美紀・マリオの三人は、
太平洋上で正体不明機から、突然ミサイル攻撃を受ける。なんとかそれを
くぐり抜けたものの、敵の攻撃は続き、なんと飛行場の制御コンピュータ
までハッキングされていることが判明。しかも、ハードレイク飛行場まで
もが爆撃される。どうもこの敵は、彗星捕獲レースに参加した企業全てに
実力行使に及んでいることもわかってきたのだ。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 今回は展開は派手なんですけど、舞台が大気圏から出ないのがち
ょっと物足りないですね(あ、一回、衛星軌道には出てますか)こ
こは、星のパイロット4に期待いたしましょう。


『宇宙への帰還』SFアンソロジー
'99/4/30、KSS出版、895円
収録作:
「星喰い鬼」横山信義
 宇宙の深淵から出現した地球の公転半径と同じ大きさを持つダイソン球型
ロボット。それの目的はただ一つ、貪り食うこと・・・
「ハウザーモンキー」吉岡平
 宇宙船の下っ端船員からたたきあげた古強者のヨタ(法螺?)話。
「A Boy Meets A Girl」森岡浩之
 星間生物の成長と旅立ちをリリカルに描き、彼ら種族の起源も探る短編。
「輝ける閉じた未来」早狩武志
 肉体を持たない造られた少女と、そのオペレーター(相談相手)に選ばれた
少年の悲しい交流の行く末は・・・
「晴れた日はイーグルにのって」佐藤大輔
 燃料切れで太平洋に墜落した三機のパイロットの不思議な証言とは・・
「繁殖」谷甲州
 男女ペアの乗る長距離パトロール艇が、太陽系外からのものと思われる
高速度侵入物体の調査を任されるのだが・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 珍しいハードSF系の作品を収録したアンソロジーです。良い意味での
アマチュアぽさの横溢した好短編集として大推薦できます。「星喰い鬼」
のスケールのでかさ、「A Boy Meets A Girl」に感じられる宇宙空間の果
てしない広がり、「繁殖」のリアルな描写を感じるにつけ、SFファンで
良かったなぁとしみじみ。


『精霊がいっぱい!(上・下)』ハリイ・タートルダウ著
佐田千織訳、'99/4/30、ハヤカワ文庫FT、各640円
 原題は「魔法廃棄物処理場事件」とか。内容そのまんまの題名ですねぇ。
粗筋:
 朝早くから電話の精霊によってたたき起こされた環境保全局の捜査官フィッ
シャーは、上司からデヴォンシャー処理場で問題が起こっているので、内密に
捜査して欲しいとの依頼を受ける。こんな時間に電話してくるには、それなり
の火急の用件に違いない。修道院で過去の異常を調査すると、なんとこの一年
間に、処理場周辺でアプシュキア(魂を持たずに生まれてきた赤ん坊)が三人も
生まれてきたということが判明。押っ取り刀で処理場に向かったフィッシャー
は・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 とっても、好きで〜す。この大元のアイデア「その手段が魔法であろうと技
術であろうと、環境の操作には必ず代償がつきものだ。つまり魔法で生み出さ
れる全ての望ましい結果は、必ずほぼ同じ量の厄介な事柄を引き起こすことに
よって釣り合いが保たれている」というのは、例えばアンダースンの「大魔法
作戦」における、変身にも質量保存が働き同じ重さの動物にしかなれないとか、
ニーヴンの、魔法の源マナの設定と同じくらいナイス!
 ジャンルで言うと、ユーモア・ミステリ・サイエンス・ファンタジーかな。
 この世界では、厳密な科学法則じゃなかった魔法法則が支配しているという
点からいっても、SFファンにもお薦めです。


『時間怪談』井上雅彦編
'99/5/1、廣済堂文庫、762円
 隔月刊の書き下ろしオリジナル・ホラー・アンソロジー集第十弾です。
収録作家:
朝松健、安土萌、飯野文彦、井上雅彦、奥田鉄人、恩田陸、梶尾真治、加門七海、
菊地秀行、北原尚彦、倉坂鬼一郎、五代ゆう、小中千昭、竹内志麻子、竹河聖、
中井紀夫、西澤保彦、速瀬れい、早見裕司、籬讒贓、牧野修、皆川博子、
村田基、山下定
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 SFファンにはなじみの深い時間テーマのアンソロジーです。恩田さんの「春よ、
こい」、西澤さんの「家の中」、梶尾さんの「時縛の人」あたりが好きです。
 あと、岡山県人としては、『ぼっけぇ、きょうてえ』(第六回ホラー小説大賞)
で一躍時の人になった、竹内(岩井)志麻子さんの「むかしむかしこわい未来があ
りました」に注目!


『グッドラック 戦闘妖精・雪風』神林長平著
'99/5/15、早川書房、1800円
星雲賞受賞の前作『戦闘妖精・雪風』から15年。待望の続編。
粗筋:
 雪風が新しい機体に生まれ変わってから三ヶ月後、零は相変わらず意識不明の
まま外界に反応を示そうとしない。上司であるブッカー少佐は、零をなんとか覚
醒させようとして、零の脳波センサを雪風に接続した。単独で作戦任務についた
雪風は、味方の前線基地がジャムに汚染されていると判断し、地上勤務に就いて
いた505攻撃部隊のパイロットを射殺してしまう。その時、零が目覚めた・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆☆
 SFマガジン'99/7月号のインタビューによりますと、前作でメカ的な興味は書き
尽くしたので、新作は、まったく未知の存在とのコミュニケーションは可能かと
いうのがテーマだとおっしゃられています。
 ジャムとは会話を交わすことは可能なのですが、その言語背景となるものが全
く異なっているので、会話として成立しているかどうかさえあやふやですね。そ
してそのあやふやさを描ききることこそが、この作品を一級のSF作品にしてい
ると思います。いってみれば、神林さんの「ソラリス」に対するオマージュみた
いな感じもしました。ジャムと雪風と零と人類と、これらの繋がり(そもそも繋が
ってない可能性も)について考察することは、SF読みの醍醐味でしょう!
 全てのSFファンに。とりわけ思索的作品を好む方には、大推薦。もちろんメ
カフェチの皆さんにも。今回は雪風はそれほど活躍しませんが、益々自立した存
在になってまいります(爆)


『ヴァレリア・ファイル(上・下)』谷甲州著
'99/5/25、中央公論社、各1200円、カバーイラスト:士郎正宗!
'87〜90に角川書店より刊行された5冊に加筆・訂正を加えたもの。
粗筋:
 かつての情報都市アストリアで、ネットワーク内の使われてないデータベース
を発掘して売り飛ばすことが生業のMKは、ある日秘匿されていた<ヴァレリア・
ファイル>を探し当てるが、そこには既に同業者のトラップが仕込まれていた。
 そのファイルに関連して、裏の世界のごろつきを襲ったMKは、それが元で、
殺人容疑で追われる羽目に陥る・・・
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 MKに脱走した暗殺用サイボーグでもある美女ヴァレリア、自走地雷OLレテ
ィ、アウトロービジネスマンのジョーズ、U,N,S,F憲兵隊などが絡むノンストップ
アクションSFです。10年も前に書かれたとは思えない面白さですね。『エリコ』
を読んだときには、まだこのシリーズを読んでなかったので、ちょっと驚きまし
たが、谷さんはこういうタイプの小説もお得意なんですね、浅学の至り。
 高千穂遥さんの一連のシリーズがお好きな方にも大推薦。


『大いなる復活のとき(上・下)』サラ・ゼッテル著
冬川亘訳、'99/5/31、ハヤカワ文庫SF、各720円
粗筋:
 宇宙から忘れ去られるほど古い惑星<無名秘力の施界>レルム。外界と隔てる
高い山々に囲まれたレルムでは、厳重なカースト制に縛られた人々が生活して
いた。ある事件が元で、レルムを脱出したエリク・ポーンは、特殊能力を活か
しネットワーク関連事業で生計を立てていた。銀河の支配種族のひとつである
ヴィタイ属から、レルムの女アーラの通訳を依頼されたエリクは、彼女の秘密
を探るように命ぜられる。しかし突然暴れ出したアーラは、逃亡を図り、その
手助けをしたエリク共々ヴィタイ属と<ヒト科再統一同盟>の争いの渦中に・・
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 冒険SFがお好きな人には、お薦め出来ます。語り口は、女性ということもあ
ってリンダ・ナガタ女史に似ているかな。<無名秘力>とか冗長度の全くないDN
Aを持った人間とか、魅力的なガジェットを打ち出してきているのですが、それ
を十分生かし切れてないのが少し残念です。


『キリンヤガ』マイク・レズニック著
内田昌之訳、'99/5/31、ハヤカワ文庫SF、820円
ヒューゴー・ローカス他数々の受賞に輝く傑作短編集。
設定:
 絶滅寸前のアフリカの種族キユク。その伝統を西洋文明に侵されまいとして
設立されたユートピア小惑星キリンヤガ。キユク族が、その純潔を守れるよう
に日夜戦い続ける祈祷師コリバの目を通して描いた連作短編集。
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 ヨーロッパ文明の洗礼を受けた祈祷師コリバは、圧倒的な西洋文明を受け入
れると自分の部族であるキクユの文化が失われてしまうことを危惧して、同胞
と共にユートピアと信ずるもの小惑星に建設します。そのキリンヤガで起こる
諸問題の解決を通して、本当の人間の幸福とは何かを問いかけるのがこの作品
ではないでしょうか。最初は、偏屈な祈祷師のおっさんの目から見た異国情緒
溢れるSFかと思っていたのですが、話の中で作者自らこのシリーズを笑い飛ば
しているような記述を見て、途中から、お、これは確信犯だとの思いを深めま
した。
 この作品がアメリカで受けるのは、一つにはそういった異国情緒と、あと先
住民の権利を侵した反省(アメリカ・インディアン等。もちろん余所の戦争に
アメリカによる正義を持ち出してしっぺ返しを喰ったベトナム戦争の影響もあ
ると思いますが)と、こうしてキユクの文化を通して見られる意外なものの見
方が、アメリカの伝統的な開拓精神、独立独歩の気風に意外とマッチしている
からではないでしょうか。
 そして、作者が狙っているのは、視点の変換とともに「古い伝統や文化を守
ることが、飢饉や疫病によって失われる命と、多くの部族の人間の犠牲に匹敵
するものだろうか?」という読者に対する問いかけです。
 もちろん「伝統を守るほうが、個人の命より重要だ」というのは、強者の理
論だということは百も承知ですが、アメリカ人は文化が若いから、伝統という
言葉の重みに弱いというのもありますね。皇室とかにも弱いしね(笑)
 こうして、レズニック氏は読者の常識的な考え方に小石を投げかけ、世の中
には常識的な意見とは違った考え方も存在するんだということを呈示し、読者
に揺さぶりをかけくるのです。
 このシリーズが日本で注目を浴びたのは、第二話の「空にふれた少女」から
だと思います。学ぶことを禁じられた少女が自殺するこの話は読者の琴線に触
れたとみえ、SFマガジン読者賞を受賞しました。いたいけな少女を殺して読者
の紅涙をしぼるというのは、あまりフェアな手とは思えなかったのですが、途
中からちょっとトーンが変わり、コリバと《キリンヤガ》自体を包括し笑い飛
ばすようなスタイルが見えてきてからはファンになりました(同じ意味でジェ
イムズ・ティプトリー・ジュニアの「たったひとつの冴えたやりかた」もそれ
ほど評価してません。まあ私も泣いた口ではあるのですが(苦笑)


『クロノス・ジョウンターの伝説』梶尾真治著
'99/6/20、朝日ソノラマ、552円
 タイムマシンに愛を絡めた、著者お得意のSFラヴロマンス連作
収録作:「吹原和彦の軌跡」「布川輝良の軌跡」「鈴谷樹里の軌跡」
設定:
 物質過去射出機クロノス・ジョウンターは、物質を過去に送り込むこと
が出来るが、過去には短い間しか滞在できないし、帰りは出発した時より
かなり未来にしか戻れないという特徴があった。
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 設定にあるとおり、過去を訪れるための代償は重い。しかし、愛する人
への想いを秘めて、人は過去へと飛び立つ。冴え渡るカジシン節。索漠と
したSFはちょっと一休みという貴兄に、お薦めします。


『消えた太陽』アレクサンドル・グリーン著
沼野充義・岩本和久訳、99/6/25、国書刊行会、2400円
収録作:
「消えた太陽」「犬通りの出来事」「火と水」「世界一周」
「おしゃべりな家の精」「荒野の心」「空の精」「十四フィート」
「六本のマッチ」「オーガスト・エズポーンの結婚」「蛇」
「水彩画」「森の泥棒」「緑のランプ」「冒険家」
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 ちっともSFじゃないし、ファンタジーでもないのだけれど、その問題意識
の持ち方は、SFと同じではないかと思います。表題作の「消えた太陽」は、
こんな話です。ある企みから、太陽を全く見ることなく、太陽に関した知識
も与えられることなく育てられた少年が、ある日太陽の下に連れ出され、驚
く間もなく、太陽は今までずっと天に存在したが今日限りで沈んでしまい二
度と登ってくることは無いと告げられます。少年は、日没を見て一体どのよ
う感ずるだろうか、というのが主題の短編です。某巨匠の有名短編と似た設
定ですよね。


『マイノリティ・リポート』フィリップ・K・ディック著
浅倉久志・他訳、'99/6/30、ハヤカワ文庫SF、640円
ディック氏の'50〜'60年代に書かれた短編を集めた日本独自の作品集
収録作:
 「マイノリティ・リポート」「ジェイムズ・P・クロウ」「世界をわが手に」
 「水蜘蛛計画」「安定社会」「火星潜入」「追憶売ります」
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 『トータル・リコール』の原作としても有名な「追憶売ります」や映画化さ
れるという噂の「マイノリティ・リポート」などを収録。
 「水蜘蛛計画」は、恒星間飛行で起こった人体の質量減少というトラブルに
対処するために、未来人の取った手段は、なんと二十世紀の偉大なプレコグた
ち(=SF作家)に協力を仰ぐために、'54年の世界SF大会にやってくるという晩年
のディック氏からは想像もできないユーモラスな一品です。


『リメイク』コニー・ウィリス著
大森望訳、'99/6/30、ハヤカワ文庫SF、580円
'96年度ローカス賞受賞作品
粗筋:
 デジタル技術の発達と共に、映画産業からフィルムも撮影所も俳優も消滅し
てしまった21世紀の初め。新作といっても、かつての映画スターを使ったリ
メイクばかりが製作されるハリウッドで、好ましくないシーン(ヤクをやるシー
ンとか酒を飲むシーン)を別の映像に置き換えるバイトをしている映画好きの大
学生トムは、とある映画関係者のパーティで可愛い女の子に出会った。なんと
彼女は、いまや制作されることのないミュージカル映画で踊りたいというのだ。
 一目惚れしてしまったトムはアリスを探すが、彼女はどこにも見つからない。
そんなある日、トムは'50年代に作られた映画の一シーンで、踊るアリスの場面
を見つける。いったいどうやって・・・?

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 映画とダンスが好きな若者のラヴロマンスです。映画通の方には堪えられない
作品でしょうね。本の中で紹介された映画をもう一度見たくなるのは必定ですぞ。
ただし、SF度はあまり高くありませんが。



『東京開花えれきのからくり』草上仁著
'99/7/15、ハヤカワ文庫JA、820円
粗筋:
 ご維新に揺れる東京の街、文明開化の荒波に揉まれる流動の時代明治初期。
元岡っ引きの善七は、元同心で今は市中取締組の宮本少警部の依頼を受け、探
偵として殺人事件の捜査に当たることになった。一方会津若松では、英吉利国
で心を病んだ男が、輸入した英国製の砲で、鶴ヶ城を攻め落とそうとしていた。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 なんとも楽しい草上さんの改変世界もの。SFマガジン連載当時から、あの草
上さんが、こういう時代物を書かれたというのが第一の驚きでした。善七と別
居中の女房でハイカラなおせん、英語を習っている西洋かぶれの息子のステ吉
黒人花魁のばるば、インテリ警部の宮本、火消しの頭サクジ等々が個性豊かに
描かれ、彼らがそれぞれ別々の事件に巻き込まれ、最後に収束する様は見事で
す。とくに、悪玉役を仰せつかっている佐久間家当主佐久間宗矩の、腺病質的
な敵役ぶりは素晴らしいです。やはり悪役が魅力的でないと、物語に華が無く
なりますからねぇ。
 この本に関する著者インタビューは、以下のサイトで読めます。
 http://www.sf-fantasy.com/magazine/interview/001001.html
 宣伝で申し訳ないのですが、インタビュアーは私です(ペコリ)


『滅びの種子』釣巻礼公著
'99/7/20、祥伝社ノン・ノベル、1143円
粗筋:
 某超大手自動車会社の電装部品を製作する会社から、世界を相手にする
会社に成長したジャパン電装社員大熊岩雄は、イギリス支社から帰国して
そのまま失踪した先輩社員富岡の妻から、一枚のDVDディスクを託され
る。それにはなんと、富岡が出向先のスコットランドで目撃したネス湖の
怪物の記録と、未知の生物のDNAデータが納められていた。大熊は、義
兄の鈴原に協力を仰ぐ。
 一方鈴原の息子俊一は、ある時、高校生が突然後ろ向きに走りだし自殺
してしまうという事件に遭遇する。
 会社から、イギリスへの出向を要請された大熊は、事件の謎を解明すべ
く一躍ロンドンに向かうが・・・
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 う〜んアイデアは、環境ホルモン、ヒトゲノム、遺伝子工学、カンブリ
ア紀の爆発的進化とてんこ盛りなんですけど、ちょっと作者の中で整理し
きれていない感じがします、有機的に結びついてないと言った感じかな。
例えば、人が突然後ろ向きに走り出す事件とネス湖の怪物の話がどういう
風に収束していくかというと・・・SF的には不満が残りますし、ホラー小
説的には、カンブリア紀の生命体を出してくる必然性に欠けるというか。
 そういうのが今の流行りだと言われれば、そうなんですが(爆)
 釣巻さんは、生物学方面はちょっと苦手みたいなんですけど、とても才
能がある作家だと思いますし、私と同い年なのでこれからもこういった作
品を頑張って書き続けて欲しいです。


『仮想空間計画』ジェイムズ・P・ホーガン著
大島豊訳、'99/7/23、創元SF文庫、920円
粗筋:
 ヴァーチャル・リアリティ開発に従事していたジョー・コリガンは、記憶を
失った状態で、ピッツバーグの病院で目覚める。何年もかけ、徐々に記憶を取
り戻すコリガンだが、自分を取り巻く世界に違和感を持つようになる。例えば
周囲の人間は、冗談を言っても全く笑わないのだ。コリガンの以前の仕事は、
神経接合に問題があり、テスト段階で放棄されたはずだった。しかし「今居る
世界は、シュミレーションの中で私たちはまだ目覚めてない」と、主張する女
性リリィがコリガンの前に現れたことから、事態は新たな局面を迎える・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 最近多かったエスピオナージュ傾向ではなくて、今度は企業内のトップ争い
が背景にあります。どうもこういう部分はいただけないんですが、仮想現実を
実現するための技術論といった部分はホーガン氏の面目躍如の感あり。重層構
造を持ったストーリー展開は、筒井康隆さんなどのメタフィクションを読み慣
れた読者にはちょっと食い足りないかも知れません。ヴァーチャル・リアリテ
ィ内部の描写も、プラットの『バーチャライズド・マン』とか、日本では鈴木
光司さんの『ループ』、東野司さんの《ミルキ〜ピア》と比してもそれほど魅
力的とは思えないですね。
 アイルランド人の血を引くホーガン氏らしく、一エピソードとして挿入され
ているアイルランドの風俗や人物造形は魅力的です。やはりホーガン氏には、
企業・国家間の争いでなく、宇宙を舞台にしたSFを書いて欲しいものですね。


『グローリー・シーズン(上・下)』デイヴィッド・ブリン著
友枝康子訳、'99/7/31、ハヤカワ文庫SF、各880円
粗筋:
 遺伝子工学の発達により、クローン化された女性達が権力を握る家母長制
社会を形成している惑星ストラトス。男達は、遺伝子の多様性を維持するた
めにのみ存在を許され、攻撃的気質や性衝動さえも、遺伝子操作で左右され
ていた。この世界で勢力を占めているのは、各々の特質に合った職業に従事
しているクローン達であった。一方短い夏の間に、男たちとの間に生まれて
くる子ども達がいた。彼らは変異子と呼ばれ、この社会では一段低く見られ
ていた。マラティアの変異子として生を受けたマイアとライアの双子姉妹は
船員(見習い)として、男達の職場である貿易船に乗り組むことになった。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 う〜ん、少女の成長・冒険譚としては、とても面白いし、クローンによる
家母長制社会というアイデアも十分活かさせていると思うのですが、やはり
ブリン氏には、大宇宙を舞台としたSFを書いて欲しいなぁ。
 男は攻撃的で戦争が好きで、とても社会を支配することを任せておけない
ので家母長制社会を造りあげるためにクローン化技術が必須というのも説得
力があります。一番の読みどころは、ある一族全体がクローンで占められ、
各年代の同じ性向を持った人間同士なので、若い娘たちは自分が将来どうい
う風になるか予め予想がつき、精神の平安を得ることが出来るという理屈も
それなりに理解できますが、男としては、それだけで良いんかぁ!と言いた
くなる気持ちもあります(爆)


『SFバカ本 ペンギン篇』岬兄悟・大原まり子編
'99/8/10、廣済堂出版、552円
収録作:
「エステバカ一代」高瀬美恵
「われはロケット」岡崎弘明
「バーチャル・カメラ」友成純一
「宇宙人もいるぼくの街」中井紀夫
「演歌の黙示録」牧野修
「因果応報」かんべむさし
「天国発ゴミ箱行き」森奈津子
「遭難者」岬兄悟
「老年期の終わり」安達遙
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 下ネタパワーが落ちてきた代わりに、バカSFパワー全開の感あり(笑)
 いっとう幻想的な「遭難者」が一番好きかな。「演歌の黙示録」のパワ
ーには参りました(爆)


『沈黙』吉田日出男著
'99/8/10、幻冬社、1900円
"見る"ことがテーマだった前作『13』に続く第二弾
粗筋:
 あらゆる言語を操る能力に長けた大瀧鹿爾は、第二次世界大戦中、特務
機関員として南方戦線に潜入していた。終戦後、しばらく身を隠していた
彼だが、《悪》そのもののような日本人の噂を聞き、会いに出かける。
 秋山薫子は、東京の美大生だ。母からの依頼で、母を産んですぐ亡くな
った祖母の遺品を受け取りに、祖母の実家を訪ねたが、そこは大瀧家であ
った。その屋敷を一人守る祖母の姉大瀧静となぜか意気投合した薫子は、
静と一緒にその屋敷に住むようになった。ある日、屋敷の地下室で、数千
枚のジャケットもレーベルもないLPレコードとなにかの音楽について書
かれた十一冊のノートを見付けた薫子は、それが鹿爾の息子修一郎の残し
たものであることを知った。そこに書かれていたのは、<ルコ>と呼ばれる
今は失われてしまった音楽についてであった。
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 う〜ん。<読む音楽>といった雰囲気のミステリです。17世紀にアフリカ
から漂流してきた難破船の生き残りが生み出した"生"の音楽とされるこの
"ルコ"の描写そのものが、一番の魅力かな。いわゆるオルターネイティブ
(もう一つの世界)ものの一種だと思いますが、前作と同様にその設定が極
めて緻密で魅力的なので、思わず物語に引き込まれてしまいました。
 ひとつ気が付いたのですが、ひょっとして作者はブラウンの「史上で最
も偉大な詩」(『真っ白な嘘』所載)から<ルコ>を紡ぎ上げたのかなぁ。


『溺レる』川上弘美著
'99/8/10、文藝春秋、1238円
収録作:「さやさや」「溺レる」「亀が鳴く」「可哀相」
「七面鳥が」「百年」「神虫」「無明」
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 理系芥川賞作家の短編集です。
 お薦めは五百年生き続けてきた夫婦の生活をかいま見せる「無明」。
ポール・アンダースン氏のようなエネルギッシュな不死人も良いけど、
日本人は、五百年も生きているとたぶんこんな感じの夫婦になるんじゃ
ないかなぁ。SF味はほとんどないけど、お薦め。


『電脳祈祷師 邪電幻悩』東野司著
'99/8/11、学研歴史群像新書、1100円
 電脳祈祷師美帆シリーズ第二弾
粗筋:
 東京で中高生の感電自殺が激増していた。若者の間では、それを見ると
自殺したくなると言うホームページや、歌うと自殺するカラオケなどの都
市伝説が広まっていた。
 遙か超古代、壮絶な死闘の末、人類地の神とともに、邪雷を結界の中に
封じ込め、すでに大発展していた電気文明も捨て去っていた。しかし今、
太鼓の記憶を失った人類は再び電気文明を発達させ、そのことによって邪
雷を蘇らせてしまったのだ。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 分類するなら、電脳ホラーとでも言うべき作品。ストーリー展開は相変
わらず軽快なのですが、ちょっと全体的に暗いかな。《ミルキ〜ピア》の
登場人物のようなユーモラスなキャラが居ないので寂しいです(笑)


『ペリペティアの福音(上・中・下)』秋山完著
上[聖墓篇]'98/1/31、490円、中[聖誕篇]'98/8/31、550円、
下[聖還篇]'99/8/20、657円、ソノラマ文庫
下巻の粗筋:
 ペリペティアの高軌道に集結した49王国の主力軍艦500隻。ファンラン
陛下の即位を祝うために集結した彼らは、《連邦》を代表する六歳の小
娘ジルーネに思うように操られてしまい、トランクィル廃帝政体との戦争
開始が既定事実となってしまう。
 一方トランクィル廃帝政体の"星海艦隊"では、三万隻に及ぶ《連邦》艦
隊が全巻を指揮可能な軍艦調達に手間取っている間に、合戦に備える心づ
もりであった。しかし<ヴァルキノの誇り>作戦の生き残りであるケンゼル
の提言で、ファンラン並びに遺伝子貴族達を乗せた艦を集中攻撃し、指令
系統を遮断する作戦に出た。
 また、祈ることのみ天才級の、とほほな大司教代理ティックは戦争に反
対する気持ちと、ファンランを想う気持ちの板挟みになっていたが、それ
を見て取ったキャルは、戦闘尼としてゲルプクロイツ社殱滅に出撃する。
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 上巻で、惑星ペリペティアで伝説のフォークト大帝の聖墓が発掘されて
死後数千年を経て葬儀が行われることとなり、葬儀一切を任されたヨミ・
クーリエ社が、銀河規模の陰謀の渦巻く世界へと巻き込まれます(というか
戦闘尼部隊もあったりして、やる気満々の葬儀社なんですよね、これが)
 この辺境の惑星ペリペティアは、もともとゴミ処理惑星(フォークト大帝
その人もゴミ屋=星域廃品処理業者)だったり、銀河系規模の葬祭社団の大
司教代理の青年が主人公だったり、かなり人を喰った設定ですが、それを見
事に生かし切っている著者の手腕は大したものですね。SFファンが喜びそう
なガジェットも破綻無く描かれていて、広くお薦めできます。


『私と月につきあって』野尻抱介著
'99/8/25、富士見ファンタジア文庫、580円
<ロケットガール>第三弾
粗筋:
 フランスとの共同ミッションに向かう三人娘が搭乗したエアバスの操縦士と
副操縦士が揃って食中毒。急遽操縦を変わる羽目になった彼女たちの機転で、
なんとか機は、無事着陸。しかし、彼女たちを出迎えたのは、平手打ちだった。
 実は、彼女たちの操縦を支援した戦闘機に搭乗していたのが、今回一緒のミ
ッションを組むフランス側のロケットガール達のリーダーだったのだ。さては
てはやくも暗雲漂う今回のミッション、上手くいきますかどうか・・・
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 軽く読めて、しかもハードSF的要素も充実しているという、野尻抱介さん
のお馴染みシリーズです。一番の見所は、一旦始まった計画はとことんやり抜
くという彼女たち(日本とフランス)のど根性でしょうか。



『宇宙消失』グレッグ・イーガン著
山岸真訳、'99/8/27、創元SF文庫、700円
粗筋:
 2034/11月、突然空から太陽系の惑星以外の星が徐々に消えていった。
太陽を中心とした半径120億キロの不可視の球体内部に人類は閉じこめら
れたのだ。その球体は<バブル>と呼ばれ、誰が何の目的で設置したか分か
らないまま33年が過ぎた。
 元警官でバブルの<子ら>と呼ばれるテロリスト集団に妻を殺されたニッ
クは、ある日不思議な依頼を受ける。それは、管理の厳重な精神病院から
抜け出した先天性脳欠損症の患者を探して欲しいというものだった。自分
では動くことも叶わぬ患者がどうやって密室状態の病室から出られたのか、
その調査にオーストラリアにある新香港にやってきたニックは、潜入した
生化学研究所で捕らえられ、服従薬を飲まされてしまう。
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 最初はテンポの良いハードボイルドタッチで、お話が進んでいくのです
が途中から話が大風呂敷になり、宇宙全体を俯瞰する様はまさに圧巻。
 これだけの長編のメインアイデアが、**だけというのも凄い。<バブル>
の謎と、脳欠損患者の失踪が有機的に結びつく手際の見事さに唖然呆然。
 特にハードSFファンに大推薦できますね。
 人間原理とかシュレディンガーの猫とかに全く興味のない人には、ちょ
っと辛いかも知れませんがね(苦笑)


『決戦!太陽系戦域(上・下)』デイヴィッド・ファインタック著
野田昌宏訳、'99/8/31、ハヤカワ文庫SF、上820円、下860円
<銀河の荒鷲シーフォート4>
粗筋:
 核爆発物の使用という禁忌を破りながらも、多数の<魚>を退治した
シーフォートは、またも英雄に祭り上げられる。宇宙軍上層部は、ヒ
ーローである彼に再び艦隊勤務に就くことを懇願するが、多くの戦友
を結果的に死なせてしまったことを悔やむ彼は、それを固持していた。
 そんな彼に上層部は一転して、宇宙士官学校の校長としての任務を
命ずる。自分が卒業した学校の校長となったシーフォートだが、持ち
前の石部金吉ぶりが災いして運営に支障を来す羽目に。
 そんなある日、またもや<魚>の大群が太陽系を襲ってきた。艦隊司
令部は破壊され、その矛先は地球そのものに向けられた。この未曾有
の危機に、士官学校の幼い生徒とともにシーフォートが取った最後の
手段とは・・・
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 相変わらずの確信犯ぶりを発揮して、シーフォートをいじめ抜くフ
ァインタック氏。シーフォートに幸せの訪れる日はあるのか。
 もはや論理もへったくれもない軍規一点張りのシーフォート。彼が
自暴自棄になるほど、戦果が上がり(大勢の犠牲者は出るが)巡り巡っ
て更なる自己嫌悪に陥るという悪循環もここに極まれりといった感あ
り。お話自体は面白いし、展開もスリリングなんだけど、もうちょっ
と優しくしてやって欲しいぞ(爆)


『屍蝋の街』我孫子武丸著
'99/9/5、双葉社、1800円
2024年の東京を舞台とした近未来ポリスアクション小説『腐食の街』続編
前作粗筋:
 連続殺人鬼「ドク」は、逮捕され死刑になったが、その手口にそっくり
な殺人事件が続発した。捜査の結果、ブレイン・スパと呼ばれる装置を使
い「ドク」の意識を封じ込めたデータディスクがばらまかれ、その結果彼
の意識をダウンロードされ「ドク」になってしまった人間が引き起こした
ものと判明したのだった。
粗筋:
 「ドク」を逮捕した溝口警部補は、シンバと呼ばれる美貌の少年を救っ
たことから彼と同居を始めていた。かつて捜査のために「ドク」の意識を
ダウンロードした溝口は、時々「ドク」の精神が頭をもたげ溝口の体を支
配しようとすることがあるのだった。
 赤羽署に転属した溝口警部補は、ある日若者達の襲撃を受ける。何物か
がアンダーグラウンドの仮想都市ビットで溝口とシンバを犯罪者にしたて
二人の首に賞金をかけていたのだ。ビットの熱狂的なユーザーたちは、金
目当てに二人を襲撃してきたのだ。その背後に居る黒幕を突き止めるべく
二人の反撃が始まる。
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 追いつめられた狩られるものがどこでどういう手段で反撃にでるかが見
物の近未来ハードボイルド小説です。溝口とシンバのキャラクター設定が
しっかりしているので、安心してその世界に没入できます。
《新宿鮫》など、ポリスアクションものがお好きな方にお薦め。それは私
だ(笑)


『床下仙人』原宏一著
'99/9/10、祥伝社、1600円
収録作:「床下仙人」「てんぷら社員」「戦争管理組合」
    「派遣社長」「シューシャイン・ギャング」
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 どれもサラリーマンもしくは、仕事に関係した短編ばかりです。
 初期の筒井康隆さんを彷彿させる「戦争管理組合」、なんかほのぼのとした
「床下仙人」、かんべさんのノリを思わせる「てんぷら社員」などSF味は薄
いものの、無印良品という感じかな。


『デヴィル・メサイア』北野安騎夫著
'99/9/10、廣済堂、905円
<ウイルスハンター・ケイ>シリーズ第三弾
粗筋:
 ローマ法王庁の裏組織・検邪聖省から、キリスト教の神父であったに
も関わらず、背教者として悪魔に身を売った男を暗殺してくれとの依頼
で動き出したケイだが、その男シルヴェストリーニとはかつて戦場で面
識があった。幼気な子供を救おうとして右手首を失った神父が、地中海
の島に悪魔を崇拝するコロニーを造っているという信じがたい情報を確
かめるべく活動を始めたケイだった。
 一方、CIAの追求を逃れて日本でバイオの研究に勤しむサラの本当の
目標は、《カンディドα》というコードネームのベクターの完成だった。
 このウィルスは感染すると、ある思想(例えば<悪魔崇拝>)を持つ人間
の脳の神経細胞だけを選択的に破壊するのだ。
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/3
 "利己的遺伝子"で一躍有名になったドーキンスの提唱した"ミーム"と
いう概念(マインド・ウィルス)がメインアイデアのアクション小説。な
ぜ温厚な神父が悪魔崇拝主義者に転向したのか、その理由とは・・・・
読み応えがあります。もう少し、このウィルスが広がって、全世界がダ
イナミックに変貌する様を描いてくれれば申し分ないのですが(SFじゃな
いので仕方ないのですが)


『ワン・オブ・アス』マイケル・マーシャル・スミス著
嶋田洋一訳、'99/9/25、1800円、ソニー・マガジンズ
設定:
 あなたは、夜中に不安夢を見てうなされ、起きたときにちっとも眠った気
がしなく、眠る前よりも疲れている気分になったことはないだろうか?
 不安夢を見ないようにすることは、実は易しい。しかしそれは映像部分を
消せるだけで夢の実態(本質)は、おこりのようにそのまま残ってどんどん寝
室に貯まり、30回も夢を消去するとその部屋にはもう誰も居られなくなって
しまうくらいなのだ。
粗筋:
 二十一世紀初頭。夢や記憶を頭の中から取りだす技術が開発され、夢廃棄
産業が生まれた。お得意先は管理職や重役たち。ハップは、他人の夢を代理
して受け取り処理する能力が優れていたため、短期記憶人として会社に雇わ
れ高給を得ていた。思い出したくない記憶の消去(代理記憶)も扱っていたハ
ップは、ある時殺人を犯した女の記憶を預かってしまう。もちろん犯罪に関
する記憶を預かるのは、違法行為だった。
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 クローンによる臓器移植を扱った『スペアーズ』の作者が贈る近未来アク
ションミステリ譚。夢廃棄産業、ハイブリッド電気機器、UFO、サイバース
ペースとアイデアは前作同様てんこ盛り。それと逞しい女性陣!も魅力的で
すね。特にハップの元女房などは『ニューロマンサー』のモリーにも匹敵す
るかも。欲を言えば、もうちょっと枝葉のエピソードは整理してくれるとも
っと読みやすくなると思うんですが(爆)



『カムナビ(上・下)』梅原克文著
'99/9/30、角川書店、上1600円、下1900円
「カムナビ」とは「神名備」をあらわし、神の鎮座する山や、神の火を意味する。
粗筋:
 大学で考古学を教える葦原志津夫は、10年前に失踪した父親の行方を、茨城の
大学に勤務する考古学の大学助教授と会って話を聞く予定だった。しかし茨城県
の遺跡発掘現場に出向くと、そこの一帯が高温で焼かれ、その教授自身も歯に入
れた金属が溶け出す一千度以上の高温によって焼けただれていた死体と化してい
た。その教授が勤務する大学に赴いた葦原は、一計を案じ教授の部屋に忍び込み、
その場所で掘り出されたとみられる青い土偶と父親の写真を発見する。
 その土偶が、友人の会社で年代測定を受けたのを調べだした葦原は、意外な事
実を聞かされる。その三千年以上前に作られたとみられる土偶の青<ブルーグラス>
は、当時の技術では到底出すことの出来ない一千度を超える温度で焼かれたもの
だったのだ。
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 う〜ん、面白いんだけども、梅原さんには、もうちょっと期待してしまうなぁ。
 話のスケールはデカイんだけれども、筋立てがちょっとちまちましている。梅
原さんなら、もっと正面から大宇宙を相手にしたお話にして欲しい。大宇宙はか
いま見えるんだけれども、そこが欲求不満。ひょっとして続編があるのかな?そ
れなら納得の展開です。
 現代風にリファインされた伝奇小説とでも言いましょうか、ともかく面白いお
話が読みたい方には大推薦できます。


『ファイナルジェンダー−神々の翼に乗って−(上・下)』
ジェイムズ・アラン・ガードナー著、関口幸男訳、'99/9/30、
ハヤカワ文庫SF、各巻640円
設定:
 21世紀、地球汚染の元凶<旧テクノロジー時代>が終焉を迎え、様々な知的生命
が所属する種族同盟の提案を受け入れた地球では、大勢が故郷を離れて星々へと
旅だち、残ったのは僅かな人類だけだった。そして400年後、地球のトバー入り江
に住む人々は、多くの神の存在を信じ、<総大司教代理>や<辛辣な巫女>が有力な
権力者と認められる中世的な社会を形成していた。そしてこの入り江に住む子ど
も達は、二十歳になるまでなんと一年ごとに性別が入れ替わり、男女両方の性を
経験した上で、二十歳になったときに、どちらかの性を最終選択するのだ。
粗筋:
 《最終性選択》前夜、ヴァイオリンの名手フリンは、最終性選択を前にして悩
んでいた。恋人のキャピーが、どちらの性を最終選択するかうるさく聞き始めて
いたし、キャピーと結ばれるのが良いかどうか、自信が持てなかったからだ。
 その夜、沼地でヴァイオリンを弾く彼の前に現れたのは、かつて<中性>を選択
し、入り江から追放された人物だった。そしてその<中性>と同行する男によって
フリンは、運命の嵐に翻弄される・・・
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 前作『プラネットハザード』で、醜い・欠陥のある人間が死ぬのは、そうでな
いハンサム・美人が死ぬより部隊に与える影響が少ないという理由から、危険な
任務を与えられている特殊部隊のメンバーが主人公でした。まあ考えてみればこ
のとんでもない設定で良く書けたと思うのですが、それを十分活かしたストーリ
ー展開かというとそうでもなかったのです。しかしこの作品では、一年ごとに性
別が入れ替わるという魅力的な設定を良く煮詰めて、読み応えのある作品に仕上
がっています。この入り江では、自分がつこうとする職業に相応しい性別を選び
それに相応しい性を選択するという一見もっともな社会制度が取られていますが
やはり男性を選択した人間中心の社会になってしまっています。性選択の自由が
本質的なジェンダー解消の役には立ってないということですね。
 この不可思議な制度のある田舎町を舞台に、ミステリタッチでお話は進んでい
きます。ジェンダーには興味があるが、フェミニズムSFはどうも苦手だという
方には、特にお薦め。哲学的なSFをお好きな方にも推薦できます。



『クリスタルサイレンス』藤崎慎吾著
'99/10/30、朝日ソノラマ、1900円
SFマガジンの「年間ベストSF」国内篇第一位!
導入:
 2071年、テラフォーミングが進みつつある火星の北極冠で、氷に閉じこめられた
地球のカンブリア紀の節足動物に似た物体が発見される。「セーガン生物群」と名
付けられたその物体の火星上の分布には規則性があった。
 地球で生命考古学を専攻するアスカイ・サヤは、ある日恩師のナカタ教授に呼び
出され、火星北極冠学術調査団に参加するよう求められる。しかし、火星はいまだ
紛争や疫病の恐れがあるし、恋人ケレン・スーとも別れなければいけなくなる・・・
サヤの心は千々に乱れるのだが、結局火星調査団に参加することになった・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆☆
 地球外生命体の謎解きと、火星上で繰り広げられる国家間の争いを縦糸に、サヤ
のラヴストーリーを横糸に織り上げた絢爛たるハードSFのタペストリーですね。
 電脳空間、人工知能、テラフォーミング、地球外知性体、生命考古学とSFファ
ンにとってのおもちゃ箱ぶちまけたようなアイデアの洪水が楽しいです。ま、色々
詰め込みすぎて雑然とした印象は否めませんが、ハードSFファンには大推薦。


『リスクテイカー』川端裕人著
'99/10/30、文藝春秋、1762円
理系青春小説として好評を博した『夏のロケット』の著者がおくる第二弾。
粗筋:
 銀行退職し、コロンビア大学経営学修士MBAを修了したケンジは、同級生
でロッカーくずれのジェイミー、理論物理学の大学院生であるヤンとともに
卒業と同時に自分たちでヘッジファンドの旗揚げをした。物理学に天才的な
直感が働くヤンの開発した、投資予測システムで一儲けできると踏んだから
だ。実際彼らは、同級生達のささやかな資金を集めて、年利60%のパフォーマ
ンスを上げていた。なかなかスポンサーの付かなかった彼らだが、かつて伝
説的ファンドマネージャーだったルイス老人の資金提供を受け、最初は驚異
的な運用実績を上げていくが・・・
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 帯に「小説という形式を取った現代経済の教科書として推薦したい」との
煽り文句がありますが、まさにそんな小説です。SF味は薄いんですが、面白
くてわくわくしちゃいます。数学や経済物理がお好きな方にお薦め。日頃、
最近よく聞くヘッジファンドって何や?という疑問をお持ちの方には大推薦!
それは、私のことだ(爆)


『順列都市(上・下)』グレッグ・イーガン著
山岸真訳、99/10/31、ハヤカワ文庫SF、各巻620円
粗筋:
 2045年、裕福な人々は自らの肉体をスキャンし<コピー>と呼ばれる電脳空間
で生きる存在となることも可能になっていた。成功した保険外交員であるダラ
ムは、<コピー>となる実験を繰り返し、何度も<コピー>の自殺という結果に終
わるうちにある画期的な理論を思いつく。それを用いれば、この宇宙の終焉に
も無関係に、本当の永遠の不死(仮想空間上での)を得ることが出来るのだ。
 資金を集めるため、ダラムは富豪たちの<コピー>に、格安の資金提供で、永
遠に存在することの出来る環境に移行することを約束する。
 ソフトウェア・デザイナーのマリアは、偉大な人工生命研究者が考え出した
人工宇宙オートヴァース内で、ひときわ成功する人工生命体モデルのプログラ
ミングに成功する。それを嗅ぎつけたダラムは、マリアにTVC宇宙で惑星全
体のデザインと、知的生命体に進化する可能性の大きい原始有機体のプログラ
ミングを依頼してきた・・・
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 う〜ん、力技ですね。この宇宙が終焉しても無限に増殖し永遠に続くセル・
オートマトン(TVC宇宙)なんか騙されたような気分です(笑)
 オリジナルとコピーの差違とは、人間存在とは、そして永遠とはの根元的な
問いかけに対してイーガン氏が出してきたのがこの作品とも言えますね。
 大向こうを唸らせる大仕掛けのお好きな方には大推薦。一生懸命理解して読
もうとすると頭が痛くなります(これも私のことだな)


『人類の長い午後』橋元淳一郎著
副題:ミレニアム・クロニクル 未来史の冒険「西暦3000年の世界」
'99/11/9、現代書林、1600円
 兼業ハードSF作家であられる橋元淳一郎さんが書かれたノンフィクション
の形態をしたSF?
目次
プロローグ:来るべきミレニアム(千年紀)を描く
1,セックス革命
 ヒトゲノム計画から、ダイエット・性転換まで
2,ペットは恐竜
 ナノテク・バイオテクノロジーから汎用分子マシン
3,カタストロフ
 ディープインパクト、《知の指導原理》、負の遺産
4,地球を覆う青紫色の結晶生命
 ガイアの危機、流行性奇病、ニュータイプ生命の登場
5,海上ミクロポリスにみる希望
 脳の改造、進化し続ける脳
6,科学を超える《超知性原理》
 テレパシー、《超知性原理》、《超数学》
7,人工知性[ゲームの天才]
 脳への挑戦、人工知性は人間と平等
8,不老不死の時代
 核を操るフェムトテクノロジー、ホモサピエンス・コスモシエンスへの道
9,天空の架け橋
 ユートピア、軽陽子・軽中性子、バベルの塔、宇宙へと拡散する知性
10,ネアンデルタールの亡霊
 モネラ世界、ネアンデルタール人の復活
エピローグ:十億年の宴
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆☆
 SFのアイデアのネタ本としても大推薦できると思います。ヽ(^o^)丿
 フェムトテクロジーとかメガテクノロジーなんてのは、まだ誰も使っていな
い(今のところ私は読んだことがない)アイデアでしょう。
 また人間原理を超えた超知性原理の発想も凄い!
 この本に関する著者インタビューは、以下のサイトで読めます。
 http://www.sf-fantasy.com/magazine/interview/000601.html
 インタビュアーは私です(我田引水ですね)


『瞬きよりも速く』レイ・ブラッドベリ著
伊藤典夫・村上博基・風間賢二訳、'99/11/15、早川書房、2400円
収録作:
「Uボート・ドクター」「ザハロフ/リヒタースケールV」
「忘れじのサーシャ」「またこのざまだ」「電気椅子」「石蹴り遊び」
「フィネガン」「芝生で泣いている女」「優雅な殺人者」「瞬きよりも速く」
「究極のドリアン」「何事もなし、あるいは、何が犬を殺したのか」
「魔女の扉」「機械の中の幽霊」「九年目の終わりに」「バッグ」
「レガートでもう一度」「交歓」「無料の土」「最後の秘跡」「失われた街道」
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 老いて('20年生)益々盛んなブラッドベリ氏の短編集です。表題作は、マジッ
ク・ショーの舞台に上げられ、女スリにいいように扱われる自分そっくりの男
を見た男を描いた短編です。好きなのは、不遇のまま今際の際を迎えた巨匠た
ちを励ますためにタイムマシンで会いに出かけた男の物語「最後の秘跡」。
 一番のお気に入りは、ちょっと倦怠期に入った夫婦の危機を描いた「九年目
の終わりに」です。


『冬の保安官』大沢在昌著
2000/11/25、角川文庫、667円
『天使の牙』『ウォームハート コールドボディ』等、SF的設定のミステリ作品
も良く書かれている大沢さんの短編集です。
収録作中、未来のホテルを舞台に、そのホテル専属の探偵ローズの活躍を
描いた「小人が哄った夜」「黄金の龍」「リガラウルの夢」が読ませます。
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 歓楽都市惑星「カラン」を舞台に、麻薬中毒のホテル探偵ローズによって
解き明かされる友情・恋愛・親子愛といったところ。特に「リガラウルの夢」
は、七年に一度、一人の人間の夢を叶えるリガラウルという異星動物が出て
きますが、この異星生命体を巡る人間模様の扱いがとてもお洒落です。


『問題温泉』椎名誠著
'99/11/30、文藝春秋、1492円
収録作:「ブリキの領袖」「考える巨人」「狸」「机上の戦闘」「料理女」
「鳥人口伝」「飛ぶ男」「熱風」「問題温泉」「Mの超能力」「三角州」
「じやまんの螺旋装置」「アルキメデスのスクリュウ」

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 相変わらず奇天烈かつ魅力的なシーナ・ワールド。『アドバード』の世界
を思いおこす「三角州」、恐るべきかつアホらしい人体改造を描いた「鳥人
口伝」などが特にお気に入りです。


『飛翔せよ、閃光の虚空へ』キャサリン・アサロ著
中原尚哉訳、'99/11/30、ハヤカワ文庫SF、880円
スコーリア戦史1
粗筋:
 四世紀前にローンという科学者が、エンパスの形質を復活させようと
試みてローン系エンパスの血統が生まれた。そのエンパス能力は、他人
の感情を受け取るのだけではなく、超空間ネットワークに接続すること
によって、瞬時に情報を受け取ることが出来るのだった。一方、苦痛に
対する耐性を持った人間を生み出そうとする試みは、アリスト階級人を
生み出した。彼らは、他人の苦痛を快感として受け取る生まれながらの
サディストであった。そして、エンパス能力者の苦痛は、彼らにとって
最上級の晩餐であるのだ。
 スコーリア王女にして、ローン系エンパスのソースコニー・バルドリ
アは、スコーリア王圏軍の一慰であると同時にサイボーグ化されたジャ
グ戦士でもあった。彼女は四十八歳なのだが、肉体年齢は二十代そこそ
こにしか見えない。彼女の隊が中立惑星で休暇を取っている時、運命と
しか思えない出合いをする。その相手は、敵対するユーブ協約圏のアリ
スト階級人の王位継承権者ジェイブリオル。なんと彼は、ローン系サイ
オンの遺伝子を持つ、アリスト階級のなかでも最上級の貴族ハリトン位
であったのだ。一体この事実はどう解釈したら良いのか・・・
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 日本で言うとちょうど《星界の紋章シリーズ》のような新時代のスペ
オペです。作者は、マックス・プランク協会の天体物理学研究所にもい
たことのある物理学者で、しかもバレエの先生であるという才人なので、
科学考証の方も抜かりがなく、ハードSFファンも安心して読めると思
います。ハード度は、ヴォルコシガン<スコーリアと言ったところかな。
お話の巧さというか完成度は、ヴォルコシガン>スコーリアでしょうが。
 スカイラークとかレンズマンに心躍らされたオールドファンにもお薦
めできます(ストーリー展開が古典的ですから。あ、これは読みやすさと
いう点からいうと、ひとつの長所だと思います)


『幻想の犬たち』ジャック・ダン&ガードナー・ドゾワ編
福島正実他訳、'99/11/30、扶桑社ミステリ、781円
収録作:
「死刑宣告」デーモン・ナイト
「ルーグ」フィリップ・K・ディック
「ニューヨーク、犬残酷物語」J・J・マンディス
「銀の犬」ケイト・ウィルヘルム
「泣き叫ぶ塔」フリッツ・ライバー
「悪魔の恋人」M・S・マッケイ
「同類たち」ジョン・クリストファー
「ぼくと犬の物語」マイクル・ビショップ
「おいで、パッツィ!」プラット&ディ・キャンプ
「逃亡者」C・D・シマック
「わたしは愛するものをスペースシャトル・コロンビアに奪われた」
 ダミアン・プロデリック
「猛犬の支配者」アルジス・バドリス
「一芸の犬」ブルース・ボストン
「最良の友」ジョナサン・キャロル
「守護犬」パット・マーフィー
「少年と犬」ハーラン・エリスン
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 猫のアンソロジーというとファンタジーぽい作品が多いのですが、犬のアン
ソロジーは、SFぽいものが多いのは何故でしょうね?収録された作家もSF作
家が多いようだし。一番好きなのは、シリウスへと向かうサイボーグと改造犬
をカットバックを多用した凝った文体で紡ぎ出した「ぼくと犬の物語」です。


『エンディミオンの覚醒』ダン・シモンズ著
酒井昭伸訳、'99/11/30、早川書房、3800円
粗筋:
 <連邦>の崩壊から300年後、人類がバスクと呼ばれるカトリック教会の
統治下にある32世紀、ロール・エンディミオンは、死刑判決後の取り引き
によってある依頼を受けざるを得なくなる。その依頼とは、<ハイペリオ
ン>の<時間の墓標>から出現する少女アイネイアーを救出し、彼女が宇宙
の命運を決める存在となるまで行動を共にしてくれというものだった。
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 う〜ん、こんな簡単な粗筋で良いものかどうか。でも簡単に紹介でき
ないようなストーリーだからなぁ(笑)前作で良い味を出していたバスク
軍のデ・ソヤ神父大佐が再び登場、前作よりさらに美味しいところをさ
らって行きます。また、あの極悪アンドロイド、ネメスの三兄弟も出て
きて、シュライクとの激戦を繰り広げます(この作品、古今のSF名作への
オマージュともなっているのですが、この戦闘場面はあの名作映画part2
『ターミネーター2』じゃないかなぁ。シュライクが、敵役から主人公
達の味方になっているところなども同じだし)。
 個人的には、一つ一つのエピソードが、練りに練った感じで感動を誘う
『ハイペリオン』が一番好きなんですが、この『覚醒』もあっけらかんと
"愛と共感"を歌い上げていて、良いですねぇ。ちと長いのだけが難点か。


『ファウンデーションの危機』グレゴリイ・ベンフォード著
矢口悟訳、'99/12/15、早川書房、2800円
アシモフ史公認<新・銀河帝国興亡史三部作その1>
粗筋:
 繁栄の翳りが見え始めてきた銀河帝国。その没落を少しでもくい止める
ために心理歴史学を完成させるべく首都惑星トランターの大学で研究を続
ける数学者ハリ・セルダン。首相デマーゼル(実はR・ダニール・オリヴォ
ー)によって次期首相に推挙されたため、彼は畑違いの政治の分野に首を突
っ込む羽目に陥っていた。また、心理歴史学を使って自らの立場の強化を
図りたい皇帝クレオン一世も、求心力の低下から、なかなかセルダンを首
相に任命出来ずにいた。
 辺境惑星サークの遺跡から発掘された模造人格(ジャンヌ・ダルクとヴォ
ルテール)がセルダンの研究室に持ち込まれた。技術者によって改良を加えら
れた二人の自我は、電脳空間で大いに発達し、その独自性を増していた。
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 The "Killer B's"(David Brin,Greg Bear,Gregory Benford)の三人が再
構築する<新・銀河帝国興亡史>の第一部です。設定上、政治絡みのエピソ
ードが多くて、その手の話が苦手な私としては、ちと苦労しました。ベン
フォード氏は、銀河に張り巡らされたワームホール網とか、惑星パニュコ
ピアでのエピソードなんかは、活き活きと描写していて面白かったです。
ひょっとして、ベンフォード氏は、セルダンと同じく政治が苦手なのかも
(笑)


『信長 あるいは戴冠せるアンドロギュヌス』宇月原晴明著
'99/12/15、新潮社、1600円
'99年度第11回日本ファンタジーノベル大賞受賞作
設定:
 1930年、ベルリン滞在中のアントナン・アルトーの前に現れた端正な日
本の若者総見寺は、彼に共同研究を申し出た。若くして暗殺されたローマ
皇帝ヘリオガバルスと織田信長はともに、古代シリアに発生した暗黒太陽
神の申し子であり、両性具有者であったと言うのだ。
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 荒俣宏さんの博覧強記が半村良さんの伝奇小説と合体し、それに澁澤龍
彦氏の妖しげな雰囲気を加味したといえば、当たらずといえども遠からず
かな(爆)普通で言う小説ではないですが、信長の魅力が様々な古典引いて
語られ、幻惑されてしまいました。歴史小説ファンにはお薦めかな。


『BH85』森青花著、吾妻ひでお装画
'99/12/15、新潮社、1300円
'99年日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞作品
粗筋:
 養毛剤が主力製品の毛精本舗に勤務する水木恵は、とあるユーザーから
「みるみるうちに髪の毛が生えてきた」という電話を受け、うちの商品が
そんなに効果があるわけないのに〜、と疑問を抱きつつ上司に報告した。
 そのことが話題になった月例会議の席上、開発部から営業に替わってき
た毛利という男によって、とんでもない事実が明らかになった。なんと毛
利は、自分が開発中で安全性も確かめてない製品サンプル『毛精』を、市
販するもののなかに一本紛れ込ませていたというのだ。
 一方くだんの『毛精』を使用中の別所は、実験中に遺伝子改変処理を施
してあるヒト神経細胞のかけらほ浴びてしまう。そして、このことが全世
界的な異変の始まりになろうとは・・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 ほのぼの版『ブラッドミュージック』といった趣の、サイエンス・ファ
ンタジーです。この限りなく増殖するBH85で、地球はぐちゃぐちゃに
なってしまうのですが、なぜか悲壮感があまりない。あろうことか、ほと
んどの人間がこの生命体に融合してしまうというのに。作者の独特のユー
モアのセンスと、非凡な切り口に脱帽です。(^o^)/


『終わりなき平和』ジョー・ホールドマン著
中原尚哉訳、2000/12/24、創元SF文庫、920円
'98年度ヒューゴー賞ネビュラ賞受賞作品!
粗筋:
 ナノテクによりエネ泣Mーから様々な物質を合成できるナノ鍛造機が開発
された21世紀半ば。しかし貧富の差は厳然として存在していた。
 神経接続による遠隔歩兵戦闘体の機械士のジュリアンは、他の9人と共に、
ソルジャーボーイと呼ばれる戦闘機械を操作する軍務に就いていた。彼らは
頭蓋に埋め込まれたジャックを通してお互いに精神移入をし、共同して戦闘
機械を操るのだ。
 ジャックのパートナーは、同じ大学の同僚で白人女性のアメリアだった。
彼女は木星の軌道上に巨大粒子加速器を作り実験するプロジェクトに参加し
ていた。その目的は宇宙の開闢の再現なのだ。
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 基本的なテーマは「戦争を消滅させ愚かな殺し合いを止めさせるにはどう
したら良いか」だと思います。この重いテーマを、作者は、戦争行為を淡々
とこなす(少年兵士を殺したことで精神に変調をきたしますが)ジュリアンを
通して問いかけます。詳しく書くとネタバレになりますが、ほんと人間って
救いようがない存在なのかも知れませんねぇ・・・
 ラストで、私はちと消化不良をおこしたので☆1/2マイナスです(苦笑)
 小松左京氏の重厚なSFとか、カード氏のエンダー・シリーズとかがお好
きな方には大推薦。またハードSFファンにもお薦めできます。



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