『新化』石黒達昌著
'97/1/10、ベネッセ、1456円
 普通の本と違って横書きで、左から始まります。ちなみに著者は、東大医学部卒。
収録作:
「新化」
北海道に生息する絶滅寸前の架空の生物ハネネズミの生態を描いた短編。構成としてはシュチュンプケの『鼻行類』に似ているけどこちらの方がより科学的かな。
「カミラ蜂との七十三日」
新種の猛毒を持った知性を感じさせる蜂につきまとわれる男の物語。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 いかにも科学者が書いたと感じる中編集です。最新の分子生物学・遺伝子操作技術を駆使して書かれていて、読者はまさに最新の論文を読むような感覚に陥ります。


『神々のパラドックス』薄井ゆうじ著
'97/1/24、講談社、1800円
 最先端科学と人間同士の関係を描いた連作短編集。
収録作:
「遠い森から来た手紙」「水色の羽衣」「星の棲む沼」「月へ行く道」「錆びついた昆虫」「氷のなかの竜宮」「神々のパラドックス」

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 薄井さんの作品は、綿密な取材に基づき最先端科学を取り入れながら、それをあまり表に出さず、自分のものとして消化し作品にまとめ上げているところが魅力的ですね。この作品集でも、<遺伝子><考古学><小惑星の衝突><ナノテク>などを取り上げながら、人間の関わり合いを描ききっているのはさすがです。

『デッドボーイズ』リチャード・コールダー著
増田まもる訳、'97/1/30、トレヴィル、2472円
粗筋:
 前作『デッドガールズ』で<デッドガール>の少女プリマヴェラと共に英国を脱出したイグナッツ少年は、結局プリマヴェラを失い、保存液に入れた彼女の生殖器を持ち歩き、ドラッグに溺れた退廃的な日々を過ごしていた。
 一方、火星では、<デッドガールズ>が<デッドボーイズ>あるいはエロヒムと呼ばれる少年達によって、残虐な方法で殺されていた。火星に住む人間達はその遺伝子が突然変異を起こしたため、<デッドガールズ>のナノテク・ウィルスの侵入さえ許さないのだ。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 お話は、イグナッツの未来の娘である<デッドガール>ヴァニティが、火星の現実を変えるために過去への侵入を計り、それがもとで時空が改変していくという展開となります。これに超人類の上を行く<メタ>という種族が存在し、彼らは錯綜した身体的構造を持つがゆえに歴史をたやすく改変する力を持っているのです。
 ストーリーは、断片的でカットバックも多用されているため、決して読みやすいとは言えませんが、全編にちりばめられたエロスと、メタフィクション的なストーリー展開は、SFファンを魅了するでしょう。


『ライトジーンの遺産』神林長平著
'97/1/30、朝日ソノラマ、1748円
粗筋:
 俺は菊月虹<キクヅキコウ>、今は解体されたライトジーン社によって創られたサイファと呼ばれる人造人間だ。今の世界は臓器崩壊現象という薄ら寒い病気が蔓延しているため、人工臓器の需要は鰻登り、金のある奴はどんどん自分の臓器を人工臓器に置き換えていく。これは人類という種の限界だとかいう説もあるが、俺には今の所、臓器崩壊の前兆は無い。
 俺には、超能力があるため、中央署第四課の課長申大為のスイーパー(掃除屋)としてこき使われている。 あ、言い忘れたが、サイファとは広義には普通の人間には無い超能力を持った人間のことだ。狭義のサイファは、この世には二人しか存在しない。かつてライトジーン社によって作られた二人の人造人間。俺と俺の兄の二人。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 全編を流れるクールで乾いたハードボイルドタッチが、未来の索漠とした人間関係を暗示するようで効果的。神林さんのハードボイルドって、ひょっとして初めてかなぁ?上手く料理してます。


『女王天使』グレッグ・ベア著
酒井昭伸訳、'97/1/31、ハヤカワ文庫SF、上下巻各699円
粗筋:
 西暦2047年、ナノテクの発達によって自由に身体変容を行う者が出現していた。また犯罪を侵した人間は、ナノテク技術によるマイクロサージェリーで脳内部を改変され、再犯率が大幅に下がっていた。また一般市民も反社会的な行動をとらないように<セラピー>を受け、犯罪の発生率も低下していた。
 そんな時代、ロスでなんと市民八名が惨殺されるという凶悪事件が発生する。その捜査を任されたLA公安局のマリア・チョイは、全身を変容させ黒い肌となった変容者の一人であった。
 事件の最大の容疑者は、著名な詩人ゴールドスミスで、海外逃亡の疑いがあり、マリアは捜査を開始した・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 犯人を捜す女刑事マリアのストーリーに、脳の中に潜入して犯罪の原因を探ったりする話とか、恒星間宇宙無人探査機(AXIS)によるアルファ・ケンタリウでの生命体発見の話とかが同時進行していきます。これらに共通するテーマは、何れも意識のメカニズムを探るという点で一致していますが、背景に流れるヴードゥー教の教えなどもあって、ちと読みやすいとは言いがたいですね。
 でも、ハードSFファン向けなのは確か。作者の眼は、人間の意識とはなにか、自我とはなにかに向けられていて主人公と思われるマリアの行動も象徴的(暗示的)で、殺人事件が取り上げられているからといって、謎解き(またはハードボイルド)的要素を期待する向きにはお薦め出来かねます。スペキュレィティブ・フィクション(SF)がお好きな方には、とてもお薦め。レムとか後期のシルヴァーバーグとかル・グイン、ステープルドンを読まれる方かな?。

『SFバカ本 白菜編』大原まり子&岬兄悟編
'97/2/2、ジャストシステム、1845円
 好評だった『SFバカ本』第二弾!
「インデペンデンス・デイ・イン・オオサカ」(愛はなくとも資本主義)
  大原まり子 大笑い大阪独立譚
「百貫天国」
  大場惑 デブがファッションになったら・・・
「五六億七千万年の二日酔い」
  谷甲州 谷流レ・コスミコミケ
「流転」
  岬兄悟 ハチャメチャ意識離脱談
「地獄の出会い」
  岡崎弘明 ファースト・コンタクトファンタジー(冗談です)
「ネドコ1997年」
  とり・みき 題名通り落語ネタ
「地球娘による地球外クッキング」
  宇宙人調理法かなぁ。
「政治的にもっとも正しいSFパネル・ディスカッシュン」
  野阿梓 SFコンヴェンション楽屋落ちオンパレード。
「ノストラダムス病原体」
  梶尾真治 人類絶滅必死の病原体に対抗する手段とは

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 設定では、「ぎゅうぎゅう」。下ネタパワーでは「願い石」が全開のバリバリ。
 一番SFっぽいのは「テレストーカー」かな。


『オールウェイズ・カミングホーム』アーシュラ・K・ル=グイン著
星川淳訳、'97/2/15、平凡社、上下巻各2800円
粗筋:
 二万年後の北カリフォルニアに住む人類の末裔たちの物語。<大地の五つの館>と呼ばれる共同体で暮らす<北のフクロウ>は、旅に出て戦闘集団<コンドル軍>との出会い、通過儀礼などを経て一人の女性となっていく。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/3
 『闇の左手』がお好きな方には大推薦。未来の考古学者が編纂したという設定で、神話・伝承・詩・戯曲などが次々に呈示され、全体としてホロコースト?後の未来社会が浮かび上がるという形式を取っています。同時期に発売された短編集『内海の漁師』はけっこうSFしてましたけど、こちらはもっと文学志向が顕著ですね。


『炎都』柴田よしき著
'97/2/28、徳間書店、874円
粗筋:
 京都の地質調査会社の技師である木梨香流は、上賀茂の地下水を計る水位計の数値が、例年になく低いのを見て奇異な感じを受ける。また京都府警の村雨は、数時間前までピンピンしていた男が、全身の体液を吸い取られ干物と化して死んでいた事件を捜査していた。そしてそれはこれから始まる大災厄の予兆に過ぎなかった。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 女刑事版『新宿鮫』ともいえるハードな女刑事物『RIKO』の作者が送るオカルト・ロマン小説。この作品からブレイクしたと言われるだけに楽しめました。アクションものがお好きな方には、特にお薦め。


『第81Q戦争』コードウェイナー・スミス著
伊藤典夫訳、'97/2/28、ハヤカワ文庫SF、699円
人類補完機構ものとその他の物語を集めた短編集。年表、フレドリック・ポールの序文つき
収録作:
人類補完機構の物語:
「第81Q戦争」「マーク・エルフ」「昼下がりの女王」「人々が降った日」「青をこころに、一、二と数えよ」「大佐は無の極から帰った」「ガスタブルの惑星より」「酔いどれ船」「夢幻世界へ」
その他の物語:
「西欧科学はすばらしい」「ナンシー」「達磨大師の横笛」「アンガーヘルム」「親友たちへ」

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 スミス氏の処女作「第81Q戦争」を初めとして、SFマガジン読者賞受賞作の「青をこころに、一、二と数えよ」、メリル女史の『年刊SF傑作集』(創元推理文庫)に掲載されたきりで、再録が待望されていた「酔いどれ船」など、きら星を集めた短編集。コードウェイナー・スミスを知る上で欠かせない一冊でしょう。


『アルカイック・ステイツ』大原まり子著
'97/2/28、早川書房、1359円
 SFマガジン'94/2〜'95/2月号まで連載された作品を加筆修正した長編。
粗筋:
 28世紀。太陽系は、巫女であり女王でもあるアグノーシアと、宇宙を航行する異星人で組織された権威評議会とのせめぎ合いの狭間にあった。もともとたいして注目されていなかった太陽系であるが、謎の太古超文明<アルカイック・ステイツ>が太陽系のそこここに忽然と出現するようになったため、権威評議会の注目するところとなってきたのだ。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 28世紀の太陽系を舞台にして繰り広げられるワイドスクリーン・バロックという謳い文句の本書は、大原さんの魅力が遺憾なく発揮された作品に仕上がっています。ま、一般に言われているワイドスクリーン・バロック(『禅銃』とか『キャッチワールド』など)とは肌合いが違いますが。どうも大長編の導入部にあたるらしいので、今後の展開が楽しみです。


『電脳祈祷師 美帆 −邪雷顕現−』東野司
'97/3/8、学研歴史群像新書、757円
粗筋:
 出版社に勤める金谷翔子は、『コンピュータ厄払い大全』というムック本を発刊するのに携わった関係で「コンピュータにまつわる都市伝説は本当です。このままでは恐ろしい出来事が起こります。つきましてはより本格的に調べて欲しい」と書かれた手紙を受け取る。それとともに、力になってくれるある人物に会った時に渡して欲しいと、一枚のフロッピーディスクを託される。
 様々なデータを処理した翔子は、コンピュータに関する都市伝説が本当に起こっていることではないかと疑いを抱くが、そのある人物に会う前日に不思議な事件で命を落としてしまう。
 翔子の部下の山下貴子は、翔子の死に疑いを抱き、たまたま翔子から預かっていたフロッピーディスクを持って、昔からの知り合いのフリーライター坂巻とともに、電脳祈祷師 鵜飼美帆のもとへ赴くのだった。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 SF度はさほど高くないものの、パソコンにまつわる都市伝説という一風変わった視点から書かれたコンピュータ・オカルトものです。うちのマシンは何かというとすぐにフリーズしてしまう、ひょっとして御祓いを受けた方が良いのではないか、なとど考えたことのある方にお薦め。ハードSF研会員諸子にはいらっしゃらないだろうけど・・・


『滅びの都』ストルガツキイ兄弟著
佐藤祥子訳、'97/3/20、群像社、2000円
粗筋:
 元ロシアの天文学者で共産主義青年同盟員でもあったアンドレイは、<実験>に参加し、ゴミ収集員として日々を過ごしていた。どことも知れぬ都市、空にかかるのは人工太陽であるこの世界で、アンドレイはゴミ収集員から捜査官、新聞編集者、ついには元ゲシュタポの男が起こしたクーデターの際に、補佐官として起用されることになるのだが・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 わけのわからない<実験>をしているこの「都市」が、旧ソ連のカリカチュアなのなのは明白ですね。ここに描かれている「全体主義的」環境、特に「都市」住民が定期的に職業と配置が変更となり、同じ職業・地位に留まるのを禁じられているというくだりは、現在の日本、他人と同じであることを要求され、学校で均質な教育を受けさせられている環境との類似点があり、なかなか興味深く読めました。まあ、アクションシーンを期待して読む本でないのは確かですが・・・


『火炎の鞭』巌宏士著
'97/3/31、朝日ソノラマ文庫、505円
バウンティ・ハンター・ローズ2
 第一回ソノラマ文庫大賞受賞の『電撃の守護天使』続編
粗筋:
 ローズは相棒のブロディとともに、義理の娘ソフィアの通っている学校の休暇に合わせて、惑星ティタンを訪問した。ソフィアとその学友二人と出会った後で、その事件は起こった・・・ティタンの軌道エレベータが、テロ行為にあい乗っ取られてしまったのだ。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 前作に増してパワフルです。今回は、なんと軌道エレベータをぶっ壊します。(『レッド・マーズ』での壊しかたとはまた違っています。楽しみですよ!)
 まあ、この長さではもうちょっとエピソードを整理した方が良いかなという気はしますが、ハードSFファンのためにも、どんどんこの調子で書き続けて欲しいものです。


『星のパイロット』笹本佑一著
'97/3/31、ソノラマ文庫、510円
粗筋:
 美紀は新米宇宙飛行士、経験は浅くとも、腕は確か。中小航空宇宙会社に雇われ、最初の仕事に赴くが・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 近未来の個人で宇宙パイロットになるのが手の届く夢になっている世界。 趣味に「ロケット打ち上げの見物」と書く著者が楽しみながら書いているんだからまあ、書き込み(ロケットのスペックとか)の細かさと来たら。良くも悪くも、ここらあたりを面白がれるかどうかで評価が別れると思います(大藪さんが、銃器のスペックを細かく書くのと同じ感覚)
 ドラマ的な面白さは、続編の『彗星狩り(上・中・下)』の方が上で、あくまでこの作品は導入部ということのようです。


『瞬間移動死体』西澤保彦著
'97/4/5、講談社ノベルズ、800円
粗筋:
 生来の怠け者である主人公小池(旧姓。しかし、奥さんがまだこの名前で呼ぶ)君。大学に8年も通った彼は、就職口もなく、一つ年下の景子と結婚してしまう。なんとなれば、彼女は既にミステリ作家として、大金を稼ぐ存在となっていたからなのだ。しかし、結婚後、若い愛人をつくり理不尽な言動を繰り返しあまつさえ、彼の自尊心のかけらを粉砕する一言を吐いてしまった妻を殺そうと、彼は自分の特殊能力を使うことを思いつく。その能力とは願った場所に瞬時に到着するというテレポーテーションの能力であった。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 著者が後書きで書いているように、ニーヴンの短編「テレポーテーションの理論と実際」(『無常の月』収録)から着想を得たというだけあって、SFファンにも十分楽しめるミステリに仕上がっています。酒を飲んで酩酊しないと能力が発揮できなかったり、自分以外の物はテレポートできなので、テレポート先では全裸になってしまったり(服はテレポートしない)とか、自分と入れ替わりに、同じくらいの大きさのものがテレポート先からテレポート元に転送されてしまったりする、とかいった制限があるのです。この密室犯罪のトリックなんかくそ食らえといった開き直りと、なんとも情けない性格の主人公が出すおかしさで、とても面白いSFミステリになっています。


『邪眼鳥』筒井康隆著
'97/4/25、新潮社、1300円
復活第一作(断筆宣言から三年半)
収録作:
「邪眼鳥」
 76歳で亡くなった富豪の葬儀に集まった家族達。美貌の後妻と先妻の子、愛人の元に生まれた子を巻き込み、筒井流のファンタジー世界が描かれます。とくに売れない歌手であったらしい父親と、謎の殺人事件との関連を調べるうちに時空が混じりあい混迷の度を深めていくくだりは面白いです。
「RPG試案−夫婦遍歴」
 こちらは、売れなくなった解説者に、突然京都の会社から部長待遇で迎えたいという電話があって・・・で始まるお馴染みの筒井康隆ワールドの短篇。いやはや、全盛期のスラップスティック調の作品を思い出す快調さ。


『ダイヤモンドを噛み砕け』岡本賢一著
'97/4/30、朝日ソノラマ文庫、470円
粗筋:
 生まれながらにして5歳までという寿命を定めた時限細胞を埋め込まれたバイオハーフ犬種クープは、兄弟達のために延命効果のあると言われる薬を求めて、とある惑星にやってきた。しかしそこで人間のチンピラになけなしの有り金全部を奪われてしまう。袋叩きにあったクープを助けてくれたのは二人の犬種バイオハーフだった。彼等の薦めで、クープは金にはなるが危険な仕事を請け負うことに・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 今回も優しさ・思いやり・信頼がテーマの<銀河冒険紀>第3弾。殺伐なヤングアダルトものが多い中で、岡本さんの作品は一服の清涼剤ですね。設定としては銀河聖船記のちょっと前の時代かな。


『火星転移』グレッグ・ベア著
小野田和子訳、'97/4/30、ハヤカワ文庫SF、上下巻本体価格各760円
『女王天使』より130年後の火星を描いた傑作。'94年度ネビュラ賞受賞!
粗筋:
 22世紀後半、火星は地球には遅れるもののナノテクを始めとした先端技術を採り入れ、結束集団(BM)と呼ばれる大家族主義のような経済集合体から成り立っていた。とあるBM出身のキャシーアは、通っていた大学から追い出されてしまう。友人のダイアンに感化される形で抵抗運動に参加したキャシーアは、否応なく政治の渦に巻き込まれていく。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆☆
 これは火星の地球からの独立の物語であると同時に、主人公キャシーアの愛と自立と政治活動の話でもあります。といっても『サイティーン』で感じたもどかしさは微塵もありません。素粒子自体に含まれている情報を操作することによって、莫大なエネルギーを引き出したり、空間的性質を変えて瞬間的移動を可能にするという"ベル連続体理論"のアイデアのうまさ(ちと胡散臭いけど)と、キャシーアの人物造形の確かさで、読者をぐいぐいと引っ張っていきます。
 根底にあるのは、ベア氏が経験したと思われる60年から70年にかけての学生運動家の理想主義ですが、ベア氏と同じ年の生まれの私には同時代性を持って感じられました。これは、これまた同い年のカード氏の『ソングマスター』(こっちはフラワー・チルドレンですね)を読んだときに感じた感動と同質のものだと思います。


『内海の漁師』アーシュラ・K・ル・グィン著
小尾芙佐・佐藤高子訳、'97/4/30、本体価格640円
収録作:
「ゴルゴン人との第一接近遭遇」「ニュートンの眠り」「北壁登攀」「物事を変えた石」「ケラスチョン」「ショービーズ・ストーリイ」「踊ってガナムへ」「もうひとつの物語−もしくは、内海の漁師」

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 前書きの「はじめに」を読むと、ル・グィン女史がいかにSFを愛しているか分かります。これだけでも読む価値があるというもの。また、紹介してない他の短篇もメッセージ色よりSF色が強く、お買い得です。
 ユーモラスな「ゴルゴン人との第一接近遭遇」は、ひとひねりしたル・グィン版の「男たちの知らない女」かな。標題作の「もうひとつの物語−もしくは、内海の漁師」は、『闇の左手』などと同じハイニッシュ・ユニバースもので、光速を超えた通信を可能とするアンシブル装置のさらなる可能性を追求した作品です。全体のトーンは初期の短篇に見られる甘酸っぱいもので、これはうれしい驚きでした(最近のはけっこう理屈っぽいから)


『アンドロメディア』渡辺浩弐著
'97/5/14、幻冬社、1300円
 アイドルグループ<スピード>の主演で映画化され話題を呼びました。
粗筋:
 大手芸能プロダクションの社長高中は、かつての天才ハッカー今はNASA関連の仕事をしている息子ヒトシにバーチャル・アイドルの制作を依頼する。その頃、TVの歌番組は、人気歌手の過密スケジュール対策から、全国各地に点在したバーチャル・スタジオからの映像を合成して製作されていたので、この目論見は、当をうえたものであった。
 人気アイドル人見舞のダミーとして生まれたバーチャル・アイドル、自意識を持つようにプログラムされた彼女に自我が目覚めたとき・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 アイドルのバーチャル化をメインにすえたアイデアは、なかなかのものです。自意識を持ったAIと、人見舞の幼なじみとの出会いを絡めて、軽やかな作品に仕上がっています。
 本人が存在しないバーチャル・アイドルの日本での最初の試みは、たぶん平成1年にニッポン放送「オールナイトニッポン」からマスコミデビュー?した芳賀ゆいちゃんではないでしょうか。デビュー曲「星空のパスポート」、ビデオ「はがゆい伝説」写真集「う・そ・つ・き」を残して、九ヶ月あまりで、彼女の留学ということで、終焉しましたが、本人の顔がちゃんと写ってない写真集なんて前代未聞ですね。それでもある程度の人気を保ったのですから、やはりアイドルというものは、元々バーチャルそのものの存在なのかも知れませんね。


『レックス・ムンディ』荒俣宏著
'97/5/30、集英社、2000円
粗筋:
 キリスト教考古学者でもあり有名な遺跡ハンターである青山譲は、多額の報酬を条件に、新興宗教団体「N-43シオンの使徒」によって海外から日本に呼び戻される。それはかつて青山が一度発掘に成功しながらも、発掘した遺物が現文明に破滅的な影響を与えるとして、爆破により再び封印した遺跡であった。その遺跡発掘で、青山は片目を失い、同時に恋人も失っていたのだ。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/3
 著者ならではの博物学的情報満載の、キリスト教がテーマの冒険・情報小説。N-43とは北緯43度のことで、聖地を結んで走る直線路=レイ・ラインがこの43度線と一致していることの説明から始まり、後は怒濤のような、著者の博物学的情報の洪水に、あれよあれよ巻き込まれて一気に読み通してしまいました。中島らもさんの『ガダラの豚』が面白かった方には特にお薦め。


『ターミナル・エクスペリメント』ロバート・J・ソウヤー著
内田昌之訳、'97/5/31、ハヤカワ文庫SF、本体800円
'95年ネビュラ賞受賞作品!
粗筋:
 殺されかけ瀕死の重傷を負ったサンドラ刑事の病室に、犯人と目される男ピーターが強引にやってきた。彼の弁によれば、自分は犯人ではないが、犯人を知っていると言うのだ・・・
 そもそもこの事件の発端はこうして始まった。医学博士のピーターは、死にかけた老女の脳波を精密に測定中、凝縮した電磁フィールドが脳から抜け出すのを記録したのだ。この<魂>が実在することの証明は全世界に様々な波紋と影響を投げかけた。そしてピーターは、肉体から離れた<魂>をシュミレートするために、自分の精神のコピーをコンピュータ上に作りあげた・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 死後の世界、臓器移植、中絶、不死など興味深いテーマを詰め込み、それを分かりやすくサスペンス溢れる筆力で読者を引っ張っていくところは、ソウヤー氏の独壇場ですね。また解説は、あの瀬名秀明氏です。


『殺人探求』フィリップ・カー著
東江一紀訳、
'97/6/1、新潮文庫、667円
粗筋:
 連続殺人事件を操作する男嫌いのジェイクは、スコットランドヤードの女警部だ。まだまだ少ない警察官として、女性の味方となるべく職務に励む毎日であった。男性連続殺人事件の担当となったジェイク警部は、その被害者達がある共通点をもっているのに気づく。彼らは総てロンブローゾ・プログラム検査の陰性者リストに載っていたのだ。そのプログラムは、脳の遺伝的欠陥によって、犯罪を犯す可能性の高い者達を登録しておくことによって、犯罪者の割り出しや、犯罪予防に役立てようというのだ。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 魅力的な犯人と個性的な美人女警部の描き分けも確かで、楽しめました。なんせ、哲学が主題というミステリも珍しいんじゃないでしょうか。アシモフ氏のミステリSFがお好きな方には、大推薦できます。


『致死性ソフトウェア(上・下)』グレアム・ワトキンス著
大久保寛訳、'97/6/1、各629円
粗筋:
 デューク大学病院に、よく似た症状の患者達が一ヶ月に22人も運び込まれてきた。彼らは皆、何かに熱中して、健康を害してしまっていたのだ。やがて死者も出るに及んで、その原因探しに取り組むが・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 まあ題名からお分かりになるように、コンピュータ・ソフトが原因の病気なわけです。それを突き止める過程はなかなかスリリングでちょっと面白かったです。魅力的な(恐ろしい)人工知能を扱ったという点では、井上夢人さんの『パワー・オフ』、病気の原因探しという点からはトマス・L・ダンの『狂った致死率』に匹敵すると思います。ただし、この長さの半分の本にしないと、ちと冗長かと。


『リトル・ビッグ』ジョン・クロウリー著
鈴木克昌訳、'97/6/20、国書刊行会、各2600円
 世界幻想文学大賞受賞作品
粗筋:
 目立たない青年スモーキィがディリー・アリスという女の子と恋に落ち、彼女をめとるために指定されたことが、大都会の郊外の森の外れにあるエッジウッドという屋敷まで、一人で旅して行くことだった。その屋敷は、アリスの父親の祖父である著名な建築家の建てた館であった。この屋敷は色々な建築様式が混在し、見る方向によって様々な顔を見せるのだが、もう一つのこの屋敷の役割は、人間界と妖精界を繋ぐというものだったのだ。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 妖精界と隣り合うエッジウッドでひたすら続く家系図と日常的な物語と言う評価もあるようですが、後書きで、ル・グィン女史が、「この一冊でファンタジーの再定義が必要になった」との賛辞を送っているので、ファンタジー・ファンは必読でしょう。読んでみると、けっこう話には入り込みやすいのですが総てを理解するのは難しいようです(3回くらいは注意深く読まないといけないらしい)
 SFファンにとっては、ディレイニーの作品よりより難物かも知れませんね。

『天使墜落(上・下)』ニーヴン&パーネル&フリン共著
浅井修訳、'97/6/27、各620円

粗筋:
 21世紀初頭、地球は再び氷河期を迎えようとしていた。環境保護団体や機械化反対主義者の反テクノロジー運動がなければ、発電衛星からのエネルギーで、氷河の前進はくい止められたはずなのだが。また科学技術に対する予算は凍結され、宇宙開発は完全にストップしてしまっていた。それまでに開発の進んでいた二つの宇宙ステーションに留まった人々と地上人の間にも対立が生まれ、彼等は宇宙で孤立し自立を余儀なくされていた。彼等は、宇宙での生活に必要な窒素を大気中から<天使>と呼ばれるスクープシップで掠取していて、地上人からはそれが地球の寒冷化を促進していると忌み嫌われていた。
 そんなおりもおり、窒素掠取に業を煮やした地上からのミサイルで<天使>が氷原に不時着してしまう。彼等が捕まらないうちに助け出し匿うことのできるのは、反テクノロジーのもとで迫害されながらも、非合法のファン活動をしているSFファン達だけだった・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 迫害のなかでも、陽気なヤンキーであることを忘れないSFファンに感情移入すると十分楽しめます。SFファン(ファンダム)が重要な役を占めるSFというと、解説にも書いてあるブロックの「人間の道」が有名ですが、他にもそのままの題名のイアン・ワトスンの「二〇八〇年世界SF大会レポート」とか、SFファンが超科学現象の謎解きをするシーンのあるライバーの『放浪惑星』などを思い出しますね。


『輝く永遠への航海(上・下)』グレゴリイ・ベンフォード著
冬川亘訳、'97/6/30、本体価格各740円

粗筋:
 前作『荒れ狂う深淵』でエルゴ空間(重力に閉じこめられた時空の混交した空域)に入っていったトビーは、そこでナイジェルと名乗る老人に出会い、父キリーンからのメッセージを受け取る。三万年前に初めて機会生命体スナークと接触したナイジェルは、ずっと人類を見守り続けてきたのだが、その後に起こった出来事をトビーに話して聞かせる。
 一方キリーンは、息子トビーの行方を探しエルゴ空間内のエスティ<路地>を放浪していた。そこでキリーンは彼等親子三代を付け狙う機会生命マンティスに遭遇する。そいつは、彼等ビショップ族の遺伝子に隠された秘密を収穫することが目的らしいのだ・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 ベンフォード氏の書く<銀河系シリーズ>完結編です。まるで生き物のように変貌する銀河宇宙の荒々しさと、それに負けじと生き抜く人類(ビショップ族)の闘いをハードに描いた傑作ですね。
 解説には、ベンフォード氏が「有機文明と機械文明が決して相いれないものとして描いている」とありますが、皆さんも本当にそう感じられましたか?私は、ラストで肉体を持って復活したシボが、肉に閉じこめられたことについて不平をもらす場面などで違う感想を持ちました(この復活したシボに魂はあるのでしょうか?)
 そもそもマンティスは、人間を殺すことについて何の罪悪感も持っていません(その精神を収穫<コピー>するのが趣味だし)しかしこれは、コピーしたものはオリジナルと同等なコンピュータプログラムのことを考えれば納得のいく本質で決定的な違いとは言い切れません。もし、マンティスのプログラムが肉体にロードされたとしたら、復活したシボとどれだけの差があると言えるでしょう。ここらあたりが機械文明と有機文明の意外な接点になるような気がします。


『人獣細工』小林泰三著
'97/6/30、角川書店、1300円
『玩具修理者』の著者がおくるホラー短編集第二弾。
「人獣細工」
 著名な医学者である父親の手によって、身体の様々な臓器や器官が、ブタから移植された少女。遺伝子操作によって、人間の四肢や臓器を持ち生まれてくる人豚の秘密とは。
「吸血狩り」
 自分の慕う従姉が吸血鬼に魅入られたと信じた少年の孤独な闘い。
「本」
高校時代の目立たない同級生の送ってきた本を読んだ人々に起こる事件 とは。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 独特のねちっこいストーリー展開のホラー短編集。遺伝子工学知識がてんこ盛りの「人獣細工」は、自分を追いつめていく少女の言動がまさしくホラーなんですが、SFファンには、ちと落ちがあっけないかも。メタフィクション風の「本」のほうが、この作者の資質が良く出ていて面白く読めました。


『機械どもの荒野―メタルダム』森岡浩之著
'97/6/30、朝日ソノラマ文庫、本体530円

粗筋:
 <機械どもの反乱>以後、人類文明は、荒野を彷徨する機械を駆り立てその部品を収穫することで、ようやく成り立っていた。ある日、ハンターであるタケルは、ありふれた自走マシン<スナーク>を見つけ、捕獲しようとした。しかし、そのスナークは今までのマシンと違い、タケルに話しかけてきたのだ。
 その話に興味を引かれたタケルは、そいつに<チャル>と言う名前を付け、幼なじみの電脳調教師<鴉>、メカニックの<カーシャ>を誘い、機械どもの女王が待つところへ旅立つのであった・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 ちょっと辛い評価かな。森岡さんの実力なら、もうちょっと頑張って欲しいものです。特に、<女王>謁見以後は、駆け足過ぎますね。私は、エピソードを整理しても各パートを掘り下げて欲しいところです。ユニコーンを乗っ取るところでも、あまりに簡単過ぎるぞ。ま、固いことを言わなければ楽しめる作品に仕上がっているのですが。


『レフトハンド』中井拓志著
'9/6/30、角川書店、1500円
第四回日本ホラー小説大賞長編賞受賞作。
最近のコンピュータ・ゲームではポピュラーなバイオハザード・ホラーもの。
粗筋:
 大手製薬会社テルンジャパンの埼玉県研究所で起こったウィルス漏洩事故は
会社の根幹を揺るがすものだった。通称レフトハンド・ウィルス(LHV)と呼ばれ
るそのウィルスに罹患すると、対抗薬剤を注射していない場合数日間を経て宿
主の左手を別種生命体として「脱皮」させ、100%死に至らしめるのだ。
 その事故のあった三号棟は、ウィルスに感染した研究員と共に外界と完全に
隔離された。しかし漏洩事件直後、主任をしていた研究者影山が、三号研究棟
を乗っ取り、研究活動の続行を宣言する。彼はウィルスに感染してない人間を
実験用として要求する、要求が聞き入れられない場合は、ウィルスを外界に垂
れ流すというのだ・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 人間の左腕を「脱皮」させ、その際に宿主の心臓をも取り込み、新種の生物
として独立させるというアイデアが奇想天外というか、まさに変ですね。
 これにスティーヴン・ジェイ・グールド博士の『ワンダフル・ライフ』で有
名になった"カンブリア紀の生命爆発"現象を踏まえ、怪しげな理論を展開する
厚生省のお役人(生物学者)も出てきて、笑わせてくれます。なんせウィルス漏
洩より、自分の名声を上げることの方が重要と考えているんです。
 舞台は、その宿主から独立した左手族が跳梁跋扈する三号研究棟をメインと
して進んでいきますが、登場する科学者は、ひょっとして作者は科学者に対し
て何か反感を持っているのではないかと思われるほど常識の欠如した科学者ば
かりです。

『齋藤家の核弾頭』篠田節子著
'97/4/1、朝日新聞社、1600円
粗筋:
 西暦2075年、「国家主義カースト制」によって超管理国家に変貌した日本
を舞台に繰り広げられる理不尽な政府に対する齋藤家の戦い。
 ヒトゲノムの解析が進み、各人の遺伝子形態によって、日本国民は"理由あ
る区別"によって、カースト化されていた。特A級市民で最高裁の判事でもあ
った齋藤総一郎と結婚した美和子は、それなりに幸福な日々を過ごしていた。
ある日国家の判断で、迅速さにおいてコンピュータに劣るとされた裁判官は、
全員解雇されてしまう。職を失った総一郎は、特A級市民として残された義務
(=繁殖)に励み、美和子は心ならずも6人目の子供を妊娠してしまった。そし
て百階建て以下の建物は認めない高度土地利用法によって、齋藤家は先祖代々
の土地を立ち退く羽目に陥ってしまった。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 ちょっと半村良さんの『岬一郎の抵抗』を思わせる構成ですが、この作者
らしく、視点は女性にあり男性と男の支配する政府は辛辣かつ滑稽に描かれ
ています。
 男性読者には、齋藤総一郎に対する著者のシニカルな視線が気になるかも
知れませんが、それは現在、社会を牛耳っていてしかもその運営に成功して
いるとは言い難い男性諸子に対する女性側の反論であると思えば納得できる
かも。

『敵は海賊・A級の敵』神林長平著、
'97/8/31,ハヤカワ文庫JA、600円
 おなじみの海賊課シリーズ6作目。
 副題が「この世に食えないものはない」だから、内容の一端が。
粗筋:
 名うての海賊として名高い宇宙キャラバンが破壊された。
 はたしてその犯人は誰か?おなじみ海賊課の活躍はいかん。
 それに加うるに、宿敵宇宙海賊ツザッキィも首を突っ込んできて・・・
 またもや健啖ぶりを発揮するかアプロ。しかし。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/3
 表紙のニワトリは、ニワトリなんです〜。
 宇宙空間になぜかニワトリ(実は、これが姿を現した敵)
 「不当に情報操作するもの」が敵として登場する本シリーズですが(そし
て、アプロは単なる猫型生物ではなく、生物の持つ意識・情報を食って生き
ているという)今回の敵は<理想純粋情報体>です(これが野良**)

『3001年 終局への旅』アーサー・C・クラーク著
伊藤典夫訳、'97/7/31、早川書房、1800円
 『2001年』『2010年』『2061年』と経てついに完結した話題の
シリーズのクライマックスです。

粗筋:
 31世紀初頭、海王星の軌道の外で彗星核を反射膜で包み込む作業をしていた
宇宙曳航船ゴライアス号の船長は、スペースガードからの依頼で未確認物体の
調査にあたることに。そしてその物体こそ1000年もの間死んだと思われていた
あのディスカバリー号のフランク・プール副長であった。
 地球の静止軌道都市で蘇生したプールを待っていたのは、進歩した文明の数
々であった。徐々にそれに慣れ親しんでいったプールは、ある物足りなさに気
づく。木星にやり残した仕事があることに・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 SFファンなら何はともあれ読まなきゃいけないでしょう!
 筋立てはあっさりしてて、粗筋に書いてあることで総てというか、木星(こ
の時代では恒星化してルシファーと呼ばれている)の衛星、人類には不可触と
されたエウロパのことがメインなんでしょうね。ここを書かなきゃクライマッ
クスにもって行きようがないものね。

『複製症候群』西澤保彦著
'97/7/5、講談社ノベルズ、760円
西澤保彦氏のSF的設定ミステリー

発端:
 ある日突然空から降ってきた虹色の壁面。外界と隔てるようにそびえ立つ
さの壁に触った生き物は、記憶から何から全く同一のコピーが出来るのだ。
 その円筒形の壁<ストロー>に閉じこめられた高校生達は、たまたま同じ
内部に閉じこめられた担任の女先生のもとを訪れるが・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 相変わらず楽しませてくれます。まあちょっとSF的には整合性に問題な
しとはいきませんが、この設定では許せますね。
 他にも、西澤氏のSF的設定のミステリは、色々あり現在も書き続けられ
ているので楽しみです。
 ちなみに、私の一番のお気に入りは一番破綻の少ない『七回死んだ男』('9
5/10/5)です。このラストの謎解きには仰け反りました

『チャレンジャーの死闘(上・下)』デイヴィッド・ファインタック著
野田昌宏訳、'97/7/31、ハヤカワ文庫SF、各700円
『大いなる旅立ち』に続く<銀河の荒鷲シーフォート>第2弾!

粗筋:
 最年少艦長として国連宇宙軍救援艦隊に参加したシーフォート宙尉だが、
のっけから船隊司令官に自分の艦を召し上げられてしまう。どうやら提督は
シーフォートを露払いにして、旗艦の安全を計るつもりらしい。もちろん抗
議出来るはずもなく、シーフォートは元旗艦に乗船する。しかしそこに待ち
受けていたのは定員以上の乗客、しかもニューヨークのストリートキッズ達
を同船させろという命令だった。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 例によってシーフォート宙尉を襲う事件と不運と幸運の大群。
 確かに面白く、一気に読める(読みたくなる)本なんですけど、帯には、
翻訳された野田昌宏さんが「展開の厚み、奇怪な他星系生物、人物彫琢と主
人公の苦悩において<ホーンブロワー>より一桁上の作品だ」と書かれてい
ます。う〜む。
 面白さでは負けているかも知れませんが、同じような設定だと、私はチャ
ンドラー氏の銀河辺境シリーズの方がずっと好きです。もしこういう設
定のSFがお好きでしたら、古本屋で見かけた際にはぜひご購入を。こちら
はなんとなくのんびりしてて、主人公も暖かいしほっとできます。

『花粉戦争』ジェフ・ヌーン著
田中一江訳、'97/7/31、ハヤカワ文庫SF、860円
キャンベル賞受賞の前作『ヴァート』('95/12)の続編
粗筋:
 それを含むことによって、あらかじめ体験できる仮想現実がプログラムされ
た羽<ヴァート>が蔓延する未来の英国。コヨーテという犬人間のタクシー運
転手が殺される。口から大量の花を咲かせて死んでいたという異様な情況に、
女刑事シビルは、テレパシーで被害者の最後の意識にアクセスする。
 しかし、それは現実世界を我がものとしようとする影の支配者が、花粉を使
い、現実を夢で覆い尽くそうとする企みの序曲に過ぎなかった。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 前作同様、サイケデリック(既に死語かも)なイメージと、夢が現実を浸食す
るような物語の展開は、ハードSFファンにはしんどいかも知れませんね。
 パンク(もしくはサイバーパンク)がお好きな方に特にお薦め。

『アナザヘヴン(上・下)』飯田譲治+梓河人著
'97/4/25、角川書店、上巻1700円・下巻1600円
粗筋:
 腕利きだが頭の固いベテラン刑事飛鷹と、彼とコンビを組むすこぶるつき
のハンサムで自由奔放な早瀬刑事の二人が担当した殺人事件は、それはおぞ
ましいものだった。アパートの自宅で殺された男は、非人間的な力で頚を折
られ、その上頭部を切断され、尚かつその脳をシチューにされていたのだ。
 この殺した後でその脳を料理して食べるというおぞましい事件はその後も
発生し、警察はその捜査に追われていた。やがて、食べ残された脳が見つか
った現場で、犯人のものと思われる似顔絵が発見される。その似顔絵から、
犯人は失踪中の女子大生と断定した二人が、彼女を見つけたときには、餌食
となるはずの男性に反撃されて死亡していた。しかも、彼女の脳波萎縮して
ほとんど残っていなかった。
 これで一件落着と思った二人であったが、しかし・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 TVの深夜番組でスタートし話題を呼んだ『NIGHT HEAD』のコンビが描く世
紀末エンターテイメント。オールド・ファンには、ラッセルの『金星の尖兵』
あたりを思い描いていただければ、筋立てとしてはそんなに外れてないはず
です。テレビドラマの原作者コンビということで、スピーディな展開はさす
がに読者を飽きさせません。個人的には、巻頭で登場する犯人の異質な心の
描写をもう少し書き込んで欲しかった感じはします。

『ヴァージン・システム』弓原望著
'97/6/10、集英社スーパーファンタジー文庫、500円
設定:
 人類が宇宙空間に進出して久しい遠未来。もはや『地球』名前さえも忘れ去ら
れていた。太陽系のサイオン帝国は、惑星キホークを支配下に置こうとして、機
動兵器コンバット・ギアを送り込んだ。市街戦で、彼らが捕虜にしたキホーク兵
は、なんと女だった。

 元ネタがポール・アンダースンの『処女惑星』ということで、読んでみました。
 執筆年月日、日米の差などを考慮して、読み比べると面白いです。

『戦争を演じた神々たち2』大原まり子著
'97/7/23、アスペクト、1700円
 '94年日本SF大賞を受賞した前作『戦争を演じた神々たち』の続編とも言える
短編集。

収録作:
「カミの渡る星」
 流刑惑星と前作でも登場したクデラ軍との奇妙な闘い。そうかカード氏では
ないけど、結局戦争は情報戦なのね。
「ラヴ・チャイルド(チェリーとタイガー)」
 よかれと思ってしたことが全て裏目に出る兄とその妹。兄の借金の肩代わり
を断った時、兄の身に起きたことは・・・
 著者の後書きによると元ネタは『男はつらいよ』みたいですね。
「女と犬」
 たぶん「少年と犬」を意識されていると思われる、存在と時間に関する考察
をSFとして書いたもの。エリスンの少年は、少女より犬を選んだ訳ですが、こ
の女と犬のコンビの選択した結末は。
「世界でいちばんうつくしい男」
 恐竜型の生物が居住する惑星に落下してきた宇宙船に乗った人類の末裔。
 ちょっとヴァンスを思わせる奇妙な惑星の生態系の描写が素敵です。
「シルフィーダ・ジュリア」
 クデラ軍に敵対するキネコキス軍の起源をファンタジックに描きます。
偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 いつもながら大原さんの描く世界は奇怪でしかも美しい調和を見せていま
す。ヴァンス氏とか日本で言うと椎名誠氏の作品が好きな方にお薦めかな。
 大原さんは、『ハイブリッド・チャイルド』のあたりから、独自の美意識
に基づいた作品を書かれていて、海外SFファンにはちょっと取っつきにくい
かも知れませんが、はまると心地よいものです。

『グローバルヘッド』ブルース・スターリング著
嶋田洋一訳、'97/7/24、ジャストシステム、2300円
『蝉の女王』に続く第二短編集

収録作品:
「われらが神経チェルノブイリ」
「宇宙への飛翔」ルーディ・ラッカーと共著
「ジムとアイリーン」
「ダモクレスの剣」
「湾岸の戦争」
「ボヘミアの岸辺」
「モラル弾」ジョン・ケッセルと共著
「考えられないもの」
「ものの見方の違い」
「ハリウッド・クレムリン」
「中絶に賛成ですか?」
「ドリ・バンズ」

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 現実を裏返して見せるのがSFの魅力とすれば、イスラム世界やソビエト社会等の
異質な文化的視点から、西洋文化を描き出し、それをさらに裏返して見せるスターリ
ングの手際はうれしい驚きですヽ(^o^)丿
 個人的には、エジプトのジャーナリストがアメリカの有名ロックバンドを取材にや
ってくる「ものの見方の違い」が好きです(^^)v

『星は、昴』谷甲州著
'97/9/15,ハヤカワ文庫JA、600円

収録作品:
「フライデイ」
「私の宇宙」
「敗軍の将、宇宙を語らず」
「星は、昴」
「時の檻」
「道の道とすべきは」
「ホーキングはまちがっている・殺人事件」
「星殺し」
「猟犬」

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 非宇宙SF短編集『エミリーの記憶』と対をなす宇宙SF短編集です。
 表題作の「星は、昴」は、辺境の観測基地で天体観測をする研究者同士
の友情と悲劇的な結末を描く傑作です。

『ちほう・の・じだい』梶尾真治著、
'97/9/15,ハヤカワ文庫JA,620円
収録作品:
「ちほう・の・じだい」
「ブンガク・クエスト」
「絶唱の瞬間」
「W・W・L(仮)へようこそ」
「木曜日の放課後戦士」
「時の果の色彩」
「トラルファマドールを遠く離れて」
「アンナプルナ平原壊滅戦」
「“偶然”養殖業」
「怒りの搾麺」
「金角のひさご」

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 いつもながら、梶真さんは上手いと思う。
 ちなみに、「W・W・L(仮)へようこそ」は、名作「地球はプレイン・
ヨーグルト」の続編にあたります。

『火星夜想曲』イアン・マクドナルド著
古沢嘉道訳、'97/8/31、ハヤカワ文庫SF、900円

粗筋:
 時間を我がものとする"緑の人"を探して帆船で砂漠を旅するアリマンタンド
博士は、ある日錨を降ろすのを忘れ船を失ってしまう。途方に暮れる博士は、
崩壊寸前の機械知性体の管理するオアシスにたどり着き、そこに住み着くよう
になった。やがて一年が経ち、初めて列車が駅を通過したのを見た日、博士は
そこをデソレイション・ロード<荒涼街道>と名付けた。
 そうして犯罪帝国の総帥やら、機械を魅了する能力のある浮浪者やら、仲違
いしている二家族等々がたどり着き、そこは小さな街となった。
 そこでは、他の場所と同じ事が起こる。愛欲のもつれが、殺人が、対立が、
殉教者が、そして旅立ちが・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 先に出た『黎明の王 白昼の女王』がSFファンのためのファンタジーなら
この作品は、ファンタジーファンのためのSFだと言えましょう。
 デソレイション・ロードに住み着くようになった様々な人々のエピソードが
積み重なって街が大きくなり、そして闘いのために街が壊され人が亡くなり、
やがて街そのものが消えてしまうまでを叙情的に描いていきます。
 特に後半の会社組織vs労働者の対立のエピソードは、『百年の孤独』に匹敵
するインパクトを持って読者を虜にします。

ディスクワールド・シリーズテリー・プラチェット著
『死神の館』『魔導士エスカリナ』『三人の魔女』
久賀宣人訳、'97/7/10、三友社、各巻1800円
 四頭の大きな象の肩に載る世界。その四頭の象だって、ただ立って
いるのではない。その下には、巨大な亀の甲羅がある。名前はア・テ
ゥイーンと言う。体長一万マイル。ア・テゥイーンは、赤い目をして
いる。そのツラがまえは、どこかユーモラスで、希望に満ちている。
雄か雌かも分からない。しかし、ア・テゥイーンは宇宙を泳ぐ。相手
を求めて、新たなる宇宙亀を産むために(ビッグバン・セオリーと呼
ばれている)甲羅は隕石に穿たれ、星屑が凍り付いている。
 この世界では、魔法がディスクワールドを糊のようにくっつけてい
る―魔法はディスクの自転で産製され、現実世界のほころびを繕うた
めに、存在の下部構造からカイコが生糸を紡ぐように魔法が絡みつい
て修復している。
 現代物理学に詳しい君のために、クオーク発見から、新たに組み立
てられた大統一理論へ向けて歩みを少し復習しておこう。超ヒモ理論
の中で、もっとも有望なのは、ヘテロティック理論。この理論の持つ
もっとも不思議な性質は、いわゆる影の物質が存在する可能性をあげ
ていることである。この理論が優れている点は始めて重力の量子論を
たてたことである。現代物理学は、結局のところ、何も証明していな
い。全ては、魔次元が絡んだ話なのだ。ディスクワールド読めば、君
は想像力をくすぐられ、君の想像力でディスクワールドも、チャンと
した姿を維持できる。
(許可を得て、ディスクワールドのホームページより引用編集しまし
た。http://www.hiroshima-jp.com/discworld/)

『死神の館』
 貧しい農家の息子モルトは、農業に向いていなかった。不器用で、
読み書きに興味を持っている。奉公先を求めて田舎町シープリッジで
の「雇い人の市」にモルトは父親と一緒に出かける。一方、死神は弟
子を探している。死神の弟子になったモルトは死神の仕事の実技を学
ぶ。死神が人を殺すのではない。人が人を殺すのだ。死神は、まさに
正しい時刻にその人が死んだかどうかを確認にくる。人が死ぬ瞬間に、
魂を体から切り離すのが仕事なのだ。
 ついにモルトの出番が来る。一人で仕事をしなければならない。一
目惚れした王女を始末する事が出来ない。歴史という巨大な圧力の中
で、大鎌の一降りから逃れた王女ケリーは亡霊のように存在しつづけ
る。あってはならない王国を、本来あるべき世界が押しつぶしにかか
る。潰され行くスト・ラット王国の真ん中に位置する王女ケリーの運
命や如何に?・・・
『魔導士エスカリナ』
 死期をむかえた魔道士ドラム・ビレットは魔法の杖を伝授しようと、
ラムトップを目指す。村の鍛冶屋で八人兄弟の八番目が、産まれるとこ
ろなのだ。魔女グラニー・ウエザワックスは産婆の仕事もする。
 魔女が取り上げた赤ん坊に魔道士は杖を握らせる。しかし、その子は
女の子だった。男しかなれない魔道士になる運命を背負ったエスカリナ
は、杖に導かれるように魔道士の大学「見えざる大学」を目指す。
 グラニーに「借体術」を教わったエスカリナは真の魔法、魔道士の魔
法を求めるが、大学には女は入れない。エスカリナの運命は・・・
『三人の魔女』
 フェルメット侯爵に殺されたヴェレンス王は、亡霊として生きること
になった。偶然ヴェレンスの子を助けることになったグラニー達は、王
の復讐に手を貸すことになる。国土と言っても森だけの王国を乗っ取っ
たフェルメットは、国を愛することが出来ない。ついに王国そのものが
目覚め、グラニーに助けを求める。三人の魔女は、権力にどう立ち向か
うだろうか?ヴェレンスの息子トムジョンは仇討ちに帰ってくるだろう
か?魔力と言葉の戦いが、劇中劇の形で、奇想天外な結末に向かって怒
濤のごとく突き進みます。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 ユーモアファンタジーの傑作。特に『死神の館』の著者脚注で「通常の
光より早いものは君主制の継承だ。王から王への継承は瞬時に行われる。
そこに関与する素粒子キンゴンとかクイーンオンが作用して王位の継承は
行われる。しかし時として反粒子かレパブリコン粒子に衝突して失敗に終
わることもある」と書かれていて大笑いして仰け反ってしまいました。
 著者は、一時期原子力発電所の公報を担当したことがあるそうで、現代
物理学の知識をファンタジーの中に散りばめるのがお好きなようですね。
ということで、ファンタジー嫌いのハードSF研所員の方にも安心してお
薦めできる一冊です。

『フィアサム・エンジン』イアン・バンクス著
増田まもる訳、'97/8/31、早川書房、2300円
 英国SF作家協会賞受賞!

粗筋:
 人類の大部分が地球を見限り脱出してから数千年、とどまることを選んだ
人々の子孫たちは、工学クランや技術クランなどに別れ、国王の統治のもと
で半ば無気力に暮らしていた。
 だが太陽系に<暗黒星雲>が近づいてきたことで、事態は大きく変動を始
めるのだった。
 世界が凍り付き、生命が滅びる前に何か対策を施さなくてはならない。し
かし酸素発生プラント建造以外の対応策が上程されないまま虚しく時は経っ
ていった。そんな折り、何か役に立つものが<礼拝堂>に残されているはず
だという理由から、国王と技術クランとの間で対立が生ずる。

 ある日、技術クランと工学クランの間に立って調整に苦労しながら、酸素
工場建設の監督をする主任科学者ガドフィウム三世の元に不思議な報告が届
く。今まで何千年もの間平原を滑り続けてきた32個の巨石が静止し、完全
な円周上に並んだというのだ。これは何らかの悪しき前兆なのだろうか。
 一方、すでにベース現実で7回目の死を迎え、最後の人生をおくるセッシ
ーン伯爵は、何者かに暗殺され、クリブトスフィアと呼ばれる電脳空間のな
かに蘇る。
 また、蟻のエルゲイツをヒゲワシにさらわれ、クリブトスフィアのカオス
のなかへと助けに向かう語り手の少年バスキュール。
 さらには、この危機を乗り越えるためにクリブトスフィア内部で生まれた
少女アシュラ。
この四人の物語が互いに錯綜し、クライマックスへと向かいます。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 面白い!が、ちょっと違うかなという感じもする。SFマガジンの書評で
は、『ハイペリオン』や『銀河帝国の崩壊』と重ね合わせているけど、それ
ほどのもんとは思えない。確かによく練られた構成なんだけど、SFファン
の琴線に触れるところまでは行ってない。シモンズ氏なんかが繰り出す、こ
れでもかこれでもかというSFファン好みのエピソードの積み重ねに比べる
と弱い。まだSFファンの嗜好を理解しきれてない気が・・・
 むしろ一般の読者で、ちょっとSF風なモノを読んでみたいという向きに
は受けるのではないかな。
 最後の謎解きの場面も、SFファンにしてみるととち物足りない・・・

『あいどる』ウィリアム・ギブスン著
浅倉久志訳、'97/9/5、角川書店、1900円
粗筋:
 情報の結節点を探ることによって、情報と現実をシンクロさせる能力
を持つレイニーは、有名人の愛人であるとある女性が自殺しそうなこと
に気づく。しかしその女性を見張れと命令した会社には、手を出すなと
言われ、見殺しにしてしまった。会社を辞職したレイニーは、知り合い
の夜間警備員ライデル(『ヴァーチャル・ライト』でお馴染みの)の紹
介で世界的な人気ロックバンド<ロー/レズ>のボーカルであるレズの
スタッフとして雇われる。
 一方、レズのファンであるシアトルのチア(14歳)は、レズが東京
のナイトクラブで、ヴァーチャル・アィドルの投影麗(レイ・トーエイ)
と結婚すると宣言したのは事実かどうか、そして投影麗が現実の存在か
どうかを確かめるために、東京へと飛び立つ。その機内で知り合った女
性からチアは、不審なケースを押しつけられそのまま税関を通ってしま
うのだが・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 面白い!!
 『ヴァーチャル・ライト』の本当の主人公がホームレスに占拠された
サンフランシスコ・ベイブリッジそのものであったように、本書の主人
公も21世紀の東京と裏ネットに存在する黒暗(ハク・ナーム:九龍城
がモデル)かも知れませんね。ここでは『ニューロマンサー』のジャッ
ク・インではなくて、より現実的にアイフォンのゴーグルでネットワー
クにアクセスすることもリアリティを増しているように思えます。
 ギブスンファンのみならず、現在のSFシーンに興味を抱くすべての
SFファンにお薦め。

『ターン』北村薫著
'97/8/30、新潮社、1700円
粗筋:
 銅版画の作家である真希は、運転する車で事故を起こし、意識を失う。
真希が気が付いた場所は、母親と住んでいた家で、自分の服装や天気から
すると、どうも事故の前日のようだ。家とか道路とかの環境は以前と変わ
らないのに、真希の目覚めた場所は、生き物の気配が全くしない世界だっ
た。TV放送も無く、電話も通じない世界で真希は、色々な場所を探検しに
出かけるが、毎日三時十五分になると、事故の後目覚めた場所・時間に戻
ってしまうのだ。
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆1/2
 端的に言えば、ループした時間の環の中に閉じこめられた女性のお話な
のですが、この人気のない、しかも何をやっても一日たでば消えてしまう
という世界で、主人公の女性が自らの心を保ちつつ、なおかつ女性らしい
感性を失わず謎解きに挑戦していく様は、感動的でもあります。
 著者は元々ミステリ畑の人ですので、構成も展開も破綻無く進んでいく
様は、SFファンとしても安心して読めます。

『血』八人の日本作家によるアンソロジー
'97/9/20、早川書房、1600円
収録作:
「13」大原まり子
「かけがえのない存在」菊池秀幸
「薔薇船」小池真理子
「エステルハージ・ケラー」佐藤亜紀
「アッシュ−Ashes」佐藤嗣麻子
「一番抵当」篠田節子
「スティンガー」手塚眞
「血吸い女房」夢枕獏
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 『吸血鬼ドラキュラ』刊行百周年を記念して編纂された吸血鬼をテーマ
とした書き下ろしテーマ・アンソロジー。
 個人的には、比喩的な意味では正に現代の吸血鬼譚の感がある「一番抵
当」と映像作家らしい(と私は感じました)描写が凄みを感じさせる「ス
ティンガー」が面白かったです。

『ペン』引間徹著
'97/9/10、集英社、1500円
粗筋:
 あの人が小さなキスをして出ていった後、ぼくはゴマと一緒にテレビの
リモコンのスイッチを押した。名前はペン。身長十五センチ、体重百八十
グラム、年齢不詳、フェルトと化繊と綿で出来たたペンギンの縫いぐるみ。
 彼の勤務する会社は、過去に発売したある条件の下では胎児に影響を及
ぼす繊維の企業責任を巡って、被害者同盟と対立していた。そうしてあの
人は、その原告団対策室に勤務していた。
 そんな折り、ペンが問題の繊維で作られた縫いぐるみであることが判明
し、黒めがねの男から引き渡しを迫られる。
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 <ぬいぐるみ>とぬいぐるみを人生の大切なパートナーにすることので
きた人間を描いた波瀾万丈の青春小説あると同時に、嫌味のない環境問題
に対する問題提起も投げかけるファンタジー。
 心優しいファンタジー・ファンにお薦め。SFファンにとっては新井素子
さんという「ぬい(縫いぐるみ)」大好き作家の存在も大きいですが。

『禍都』柴田よしき著
'97/8/31、トクマ・ノベルズ、952円
粗筋:
 京都を襲った大災厄から十ヶ月、妖怪達に蹂躙され尽くした街にもやっと平安
が訪れ、人々も再建に向けて忙しく活動していた。しかし政府は、ビデオや写真
にその姿が映ってないことから、妖怪の存在を決して認めようとはせず、あくま
で集団幻覚であるとの見解を固持していた。
 地質調査会社の女性技師・木梨香流は、恋人だった一条帝の生まれ変わり・真
行寺君之と離ればなれになってしまっていた。
 そんな折り、サイパンのジャングルの洞窟で奇妙な文様が並んだなめし革様の
ものが見つかる。
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 前作『炎都』の続編がさらにパワーアップして登場。この作品は順番に読んで
いった方が良いでしょう。妖怪といっても、元々宇宙からやってきた存在である
との設定で、SFファンにも違和感はないと思います。それにラストでは、まさし
くSFしてますから。半村良さんの伝奇ものがお好きな方には特にお薦め。


『時間旅行者は緑の海に漂う』パトリック・オリアリー著
中原尚哉訳、'97/9/30、ハヤカワ文庫SF、820円
カバー:野中昇
粗筋:
 1991年、心理セラピストとして開業しているドネリーのもとに、不思議な
魅力を持った一人の若い女性が訪れる。その依頼とは、彼女とのセッション
は絶対に秘密にすること、記録も残さないことを前提に、週一度会いたいと
のことだった。なぜなら、一年の猶予の期間中に、正気の一人の人間に、彼
女が本当のことを話していると確信させなければ、地球に留まることが不可
能になると言うのだ。一年経つと、ホロックというエイリアンが戻ってきて
彼女を連れていくと。そして彼女はエイリアンに育てられたのだとも。
 その日のセッションが終わろうとした時、彼女はやにわにブラウスを脱ぎ
始める。その胸は豊かだったが、乳首が茶色で真四角だった・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 帯に、「まったく新しい時間SF」とありますが、解説が精神科医でもあ
る香山リカさんであることからも分かるように、人間の心理の内面を鋭くえ
ぐる心理SFでもあります。
 パット・マーフィーの『落ちゆく女』とかウィリスの『リンカーンの夢』
とかがお好きな方には特にお薦めします。お話としてはネルスンの『ブレイ
クの飛翔』の雰囲気を想像してもらえれれば良いかと。コアSFとは言えな
いとは思いますが。

『名誉のかけら』ロイス・マクマスター・ビジョルド著
小木曽絢子訳、'97/10/24、創元SF文庫、700円

粗筋:
 ベータ星の探査艇の女性艦長コーデリアは、新たに発見した惑星に上陸して探査
中に部下を殺され、取り残されてしまう。更に見知らぬ男に襲われ、捕虜になって
しまう。その男はヴォルコシガンと名乗り、なんとバラヤー軍の艦長だというのだ。
 だか彼も、部下の反乱にあってこの惑星上に取り残されてしまったというのだ。
 その男の知っている秘密の貯蔵庫にたどり着くためにやむなく協力することにな
った。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 毎回違った趣向で楽しませてくれるビジョルド女史。
 今回は、マイルズ・ヴォルコシガン・ネイスミスの両親の出会いの物語。
 または、敵同士だった二人がなぜ結ばれたかの物語。


『スペアーズ』マイケル・マーシャル・スミス著
嶋田洋一訳、'97/11/20、ソニーマガジン、1900円
クローン問題を絡めた冒険譚。スピルバーグ監督による映画化決定作品
粗筋:
 ヴァージニア州に着陸し、トラブルで二度と飛び立てなくなった二百階建て
の巨大飛行機メガモールMA156便。それから83年が過ぎ、メガモールはニューリ
ッチモンドと呼ばれる悪の巣窟と化していた。
 麻薬捜査に関わった軋轢から、妻子を殺された元警官のジャックは、<スペア>
と呼ばれるクローンを管理する農場の管理人として生計を立てていた。しかし
ある時、クローンに対するあまりに酷い仕打ちを見てから、六人のクローンの
子ども達を連れて脱走する。当然、裏の組織から追っ手がかかるのだが、ジャ
ックは友人のつてを頼って、メガモールにとやってくる。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 一部の金持ちのための臓器スペアとして利用される人権を持たないクローン
というのは、フランス産SF『禁断のクローン人間』と同じ設定ですが、しっと
りと書き込まれあちらに比較すると、やはりアメリカのSFである本書は、展開
がスピーディで派手ですねぇ。でも、クローン問題の深部(臓器スペアとして
飼育されることの是非とか、そもそもクローンに人権があるのかどうか)には
ほとんど触れてないのがSFファンには物足りないかも知れません。だいたい、
二百階建ての飛行機なんて時代錯誤も甚だしいと思うぞ。

『光の帝国−常野物語』恩田陸著
'97/10/30、集英社、1700円
収録作:
「おおきな引き出し」「二つの茶碗」
「達磨山への道」「オセロ・ゲーム」
「手紙」「光の帝国」「歴史の時間」
「草取り」「黒い塔」「国道を降りて・・・」

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 オールドファンには、ゼナ・ヘンダースンのピープル・シリーズにインス
パイアされて書かれた、不思議な能力を持つ一族の心温まる物語と言えばだいた
いの雰囲気が想像できると思います。もちろん細かな部分は異なっているものの
一族を見守る著者の暖かい視線は、共通するものがありますね。
 私には、巻頭の全てを記憶しておくことの出来る"しまって"おく能力を持った
一家の心温まるエピソード「おおきな引き出し」が一等好きです。
 最近の索漠としたSFに食傷気味の方に是非読んで貰いたい作品です。

『末枯れの花守り』菅浩江著
'97/10/25、角川書店、800円
設定:
 「ザ・スニーカースペシャル」に掲載されてものの加筆、訂正+書き下ろし版
 花を愛で、花に思いを託す人々の弱みにつけ込む闇の美女たちと、その人たち
を救おうとする凛とした青年もいた。
 収録作品:「朝顔」「曼珠沙華」「寒牡丹」「山百合」「老松」

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 「曼珠沙華」好きです。来ぬ人を一途に待つその心根にふれた花守りのとった
結末は・・・読ませますねぇ。小狐にとって永世・常世の美姫は、タンホイザー
にとってのウェヌス山なんでしょうか。自身の心より小狐の想いを優先させた日
照間さまの心優しさが心にしみます。
 菅さんのファンだけでなく、ファンタジーも読まれる心優しきSFファン全般に
お薦めできます。

『イノセント−沈む少年−』図子慧著
'97/9/30、角川書店、1500円
粗筋:
 私立女子高の数学教師那多は、大学時代に自分を捨てたかつての恋人犬飼から
奇妙なアルバイトの申し出を受ける。それは犬飼の親友で伝説的な天才AI研究者
新免の開発したコンピュータ<アビス>内の人工知能を教育して欲しいと言うもの
だった。犬飼に反発を感じながらも、その仕事を引き受けた那多は、AIをショウ
ゴと名付けて色々の知識を与え始める。ショウゴとは、那多がかつて公立中学で
教師をしていた当時、彼女を犯しそして自殺してしまった彼女の教え子である天
才少年の名前だった。ショウゴの教育に熱中していく那多は、やがてこのプロジ
ェクトが日米の妥協の産物で、その間には様々な軋轢が存在していることに気づ
いていく。
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 SF作家は、恋愛小説を書くのが下手というか、あまり恋愛SFというものは無い
というのが相場ですが(ヴァーリイとかスタージョンとかの例外はありますけど)
ミステリ分野には、なかなか読ませる作品があるようです。この作品とか、東野
圭吾さんの『パラレルワールド・ラブストーリイ』などは、良質の恋愛SFとして
もお薦め出来ます。帯の煽りによりますと「人工知能の最先端を舞台にした3人
の男女のもろく切ない愛」とあります。SF作家にも、こうした切ない恋愛ものを
書く人が出てこないかなぁ。

『オンラインの猿』西谷史著
'97/10/25、メディアワークス電撃文庫、510円
粗筋:
 愛知県の地方都市に住む玲奈は、東京の高校へ通うことに憧れている平凡な
野球好きの中学生だ。彼女の通う中学に、美少年の転校生貴船奨が現れた時か
ら事件は始まった。奨とその妹由比は、父親の手によって南米の古代文明ま遺
産である神の石を脳内に埋め込まれていたのだ。その手術を巡る確執で、
奨の両親は離婚し、医者である玲奈の父を頼って、母親と共にやってきたので
あった。なぜか妹の由比は、玲奈を毛嫌いし敵意を向けてきます。そして玲奈
の敬愛する父親に殺人の疑いが・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 分類するなら、学園ニューロホラーものとでも言いましょうか。脳内に埋め
込まれた物質によって異常発達を遂げた神経組織が、猿を生み出している
というのは、SFファンならすぐ気が付くと思います。オンラインというのは、
この猿が電波の通ずるところなら、どこでも出現できるからで、ちょっと
ひねった超能力ものとしても読めますね。スピーディーな展開は好感が持てま
すし、無用に長くないのも良いですね。ま、対象年齢層が長いものを読む根気
が無いと思われているのかも知れませんが。

『タイムマシン』眉村卓著、H・G・ウェルズ原作
'97/11/20、世界の冒険文学2、講談社、1500円
 かつての名作を当代の著名作家がアレンジして送る痛快冒険文学シリーズ。
眉村卓氏が、かの古典的SF名作をちょっぴり現代風にアレンジ(ストーリー
変更はありません。不都合な細部の手直しと、幼少読者に対する難しいところ
をかみ砕いた説明が付け加えられています)
 粗筋は・・・みなさんご存じの通り :-)

独断と偏見のお子さまへのお薦め度:☆☆☆☆1/2
 さっそくうちの三男にも読ませました。素晴らしい企画ですねぇ。
 お子さんがSFに全然興味を示さないとお嘆きの貴兄に大推薦!
 あと、このシリーズで読みたいのは・・・
宗田理さんの『宝島』、大沢在昌さんの『バスカビル家の犬』、田中芳樹さんの
『運命 二人の皇帝』、菊池秀幸さんの『吸血鬼ドラキュラ』、横田順彌さんの
『ソロモン王の洞窟』など目白押し

『ジャンパー(上・下)』スティーブン・グールド著
公手成幸訳、'97/10/31、各640円

粗筋:
 オハイオ州に住む17歳のデイヴィッドは、父親と二人で暮らしている
読書好きの目立たない少年だった。ある晩、父親の普段より激しい折檻
に脅えたデイヴィッドは、次の瞬間、町の図書館の一室へと一気にテレ
ポートしていた。
 自分の超能力が目覚めたことに気が付いたデイヴィッドは、家出して
ニューヨークで自活しようとするが、社会保障番号も免許証も銀行口座
もない未成年の身には、就職口がまるでないことに気づき愕然とする。
 住む場所にも事欠いたデイヴィッドは、やむなく銀行の金庫から大金
をくすねて、贋の免許証と社会保障番号を手に入れるた。
 ある晩、ブロードウェイに観劇に出かけたデイヴィッドは、そこでミ
リィという3歳年上の魅力的な女の子と知り合う・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 SFネタをテレポート能力一つに絞って、細部を現代的な視点でリフ
レッシュしたところは好感が持てます(エイトマンも、後半になって変
なオプションが付きだしてからおかしくなった)
 父親の暴力により、母親が少年を残して家を出たとしう深刻な面も扱
っているものの話の進め方が安易なのはちょっといただけません。まあ
読んで面白いのは面白いです。
 ストーリー展開としては、ハーレクイン・ロマンスSFであるマキャ
フリイ女史の『クリスタル・シンガー』に似ているかも(ご都合主義の
点も含めて)時間つぶしには最適です。

『SFバカ本 たいやき編』大原まり子、岬兄悟編
'97/11/11、ジャストシステム、1600円
 <たわし編><白菜編>に続くSFバカ本の第三弾!例によって、下ネタパワー
が炸裂してます。
収録作品:
「オは愚か者のオ」大原まり子
「デブの惑星」伏見憲明
「攻防、100キログラム」東野司
「願い石」山藍紫姫子
「西城秀樹のおかげです」森奈津子
「ぎゅうぎゅう」岡崎弘明
「今日の出来事」麻城ゆう
「テレストーカー」岬兄悟

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 久しぶりの東野司さんの作品は、ジュラシックパークネタにダイエットを絡ませた
爆笑もの。他には、設定では、「ぎゅうぎゅう」。下ネタパワーでは「願い石」が全
開のバリバリですね。一番SFっぽいのは「テレストーカー」かな。

『虫の生活』ヴィクトル・ペレーヴィン著
吉原深和子訳、'97/11/20、群像社、1800円
粗筋というか設定というか:
 ロシアへとやってきたアメリカのビジネスマンと、それを迎えたロシア人が
バルコニーから飛び降りると、なんと三匹の蚊に変身し、ロシア人の血を吸い
に飛び立った。
 この世界をフンコロガシに押されていく糞の玉だとすると、その中では、他
人の生き血を吸うことに明け暮れている蚊=ビジネスマンが飛び回り、闇の中
で光の意味について蛾=若者が語り合い、いつか陽の目を見ようと単調な穴掘
り仕事を続ける蝉の子=労働者が這いずっている。人生は虫の生活に似ている
などと思ってはいけない。宇宙に行き交うもの全てが変態を続ける虫の自我の
現れなのだから。
独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 寓意と皮肉に満ちた一風変わったファンタジー。ディレーニの作品にも似て
重層的で象徴的なので、ちょっと取っつきにくいかも知れません。前作の短編
集『眠れ』の方がストレートで、SFファンにはこちらの方から読まれることを
お薦めします。

『グリンプス』ルイス・シャイナー著
小川隆訳、'97/12/19、創元SF文庫、940円
 '93年度世界幻想文学賞受賞!
粗筋:
 1988年、ステレオ修理屋として生計を立てているレイは、ある日、自分の不可
思議な能力に気づく。ビートルズの<LET IT BE>を聞きながら、<The Long and W
inding Rorad>がポールの望むようなシンプルなピアノ・バラードになったところ
想像していると、なんとその通りの<The Long and Winding Rorad>がスピーカー
から流れ出してきたのだ。
 カセットテープにそれを落としたレイは、再発専門のレコード会社に持ち込み、
責任者の前で再びその能力を発揮し、マスターテープに演奏をおさめたのだった。
 成功に気をよくしたレイは、ドアーズの<Celebration>の新録音を再現しようと
色々調査するうちに、突然'60年代にタイムスリップしていることに気づく。
 レイは、ビーチ・ボーイズの<Smile>を完成することができるのか、ジミ・ヘン
ドリックスを死から救えるのだろうか・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 父親の死と妻との不仲という家族問題と、ロックは世界を救えるかという命題
を上手く絡ませて一級の読み物に仕立てられています。歌の持つ力を扱ったSF
というとカードの『ソングマスター』とかディッシュの『歌の翼に』が思い出さ
れますが、「歌」の持つ力を割と肯定的に書いてあるこの二冊に比べると、本書
のほうは「歌」の持つ力は認めているものの、決して歴史を変える力とはなり得
ない、だから現実をしっかり見据えようというメッセージが読みとれるような気
がします(書かれた年代が違うのが影響しているのかも)
 '60-'70年代のロックシーンを経験したオールドファン、世知辛い人生を送られ
ているSFファンに特にお薦め。すべての音楽ファンにも推薦です。
 まあ有名所のミュージシャンが出てくるわ出てくるわ、私程度のロックファン
でも楽しめたのですから、数多のロックファンはたまらないでしょう!

『BRAIN VALLEY(上・下)』瀬名秀明著
'97/12/5、角川書店、各1400円
粗筋:
 脳に関する先進の研究機関<ブレインテック>。そこでは様々な方向から、脳
とその仕組みについての研究がなされていた。
 孝岡は、脳内のレセプター研究のエキスパートで、新しいタイプのNMDAレセプ
ターを発見し、このブレインテックに招かれたのだった。しかし、彼は妻とも息
子とも上手くやっていくことの出来なかった生活破綻者でもあった。
 彼は、ブレインテックのある船笠村についた時、不思議な若い女性を車の中か
ら見かける。彼女は自らの体内から発光するかのように白く光を放っていた。そ
して孝岡は、満月から光の粒子が降ってきて、あたりが青白い輝きで満たされる
のを目撃したのだ。
 ブレインテックは、魁偉な老人北川のもと、孝岡の他に、巨大コンピュータ内
でのAL(ソフトウェアによる人工生命体)研究を手がけるウォレン、ラットの
脳を使った実験を担当する加賀、手話を覚えたチンパンジーを対象に実験する秦
野、孝岡が見かけた若い女性<鏡子>の脳の活動を研究するメアリーたちがいた。
 はたして、ブレインテックで日夜続けられている脳の研究の真の目的は何なの
であろうか・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 ちょっと解説過多のところもあるけど、面白かったです。とくにクライマック
ス直前の盛り上がり方は尋常ではありませんね。
 純粋のSFとは言えませんが、広くSFファンにお薦めできます。
 SFなら、個人的な問題から始まって、世界・人類全体(宇宙全体にも)に話
が拡大していくのですが、瀬名さんの作品では、個人から始まり、拡大の様相は
呈するものの結局は、個人の問題として収束してしまうような気がしますね。


『宇宙塵傑作選1 日本SFの軌跡』柴野拓美編集
'97/11/30、出版芸術社、1800円
 「宇宙塵」創刊40周年記念出版。194冊中から名作・珍しい傑作をセレクト。

収録作品:
「黄昏の街」渥見凡
「りんご」泉十四郎
「水の魔物」石川英輔
「博物館にて」小隅黎
「逃亡者」小野耕世
「愛」宮崎惇
「副作用」川島ゆぞ
「助かった二人」石原藤夫
「カスティリョ・ゴメスの脚」草下英明
「赤い花」松田芳勝
「テスト」槇敏雄
「イリ・エネルギー販売店」光瀬龍
「歴史函数」眉村卓
「順応性」堀龍之&堀晃
「火星航路」星新一
「渦巻」山野浩一
「聖母再現」光波耀子
「環状線」筒井康隆
「三月来る」嬉野泉
「コンタクト・ゲーム」大場惑

 現在SF界で活躍している方の名前はほとんど網羅しているというか。
 まったくすごいSF同人誌なのですね〜。

『宇宙塵傑作選2 日本SFの軌跡』柴野拓美編集
'97/12/20、出版芸術社、1800円
 「宇宙塵」創刊40周年記念出版。194冊中から名作・珍しい傑作をセレクト。

収録作品:
「待っている」清水義範
「密航者」吉光伝
「ひとり手前の男」上栄二郎
「消す」豊田有恒
「押す」塩谷隆志
「きずな」草川隆
「放浪者たち」大多和粛夫
「もっともな理由」梶尾真治
「案内人」桂唯史
「どこにもいない名優」戸倉正三
「壁」真城昭
「綿花大怪獣・ドテラ」横田順彌
「死を蒔く女」平井和正
「空が泣いた日」間羊太郎
「地には平和を」小松左京
「終末」半村良
「イオ」安岡由紀子
「作品が書けないことのお詫び」広瀬正
「消えた男」青山智樹
「二重ラセンの悪魔」梅原克文

>「二重ラセンの悪魔」梅原克文
 見ての通り、朝日ソノラマの『二重螺旋の悪魔』の原型となる短編です。


『ワイルドサイド−ぼくらの新世界−(上・下)』スティーブン・グールド著
冬川亘訳、'97/12/15、ハヤカワ文庫SF、各580円

粗筋:
 高校の卒業を間近に控えたチャーリーには、誰にも言えない秘密があった。
 それは、伯父さんから遺産として相続した農園の納屋の奥に隠された、平行
世界への入り口であった。その先にはいまだかつて人類が存在したことのない
異なった世界の地球が存在しているのだ。チャーリーは、四人の親友を、また
とない金儲けの話があるとの言で誘い込むことに成功する。卒業後はこの異世
界を探検して大金を稼ぐ予定なのだ。
 まず探検資材(軽飛行機、トラクター etc)を買い込む資金調達のために、
異世界にはまだ大量に生存している絶滅種の旅行鳩を、こちらの世界の動物園
に売り込むことに成功するのだが・・・・

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆
 旅行計画を立てているときが一番楽しいように、このお話でも異世界を探検
する計画を立て機材を調達しているところが一番面白かったです。
 反対に言えば、実際に探検を始めてからのちょっとしたアクションシーンな
どにはあまり新鮮味が感じられませんでした。
 また、ちょっとセックスを匂わせる描写とか、アルコール中毒の少年が出て
くるところなどもあり、何かアメリカのジュヴナイル小説の現状を映し出して
いるようで興味深かったです。

『ブレードランナー3 レプリカントの夜』K・W・ジーター著
大野晶子訳、'97/12/15、早川書房、2000円

粗筋:
 21世紀、あのデッカードは、もはや都市伝説と化した自分とレプリカントの
闘いを映画化するために雇わ、れ糊口をしのぐまで落ちぶれていた。
 そのスタジオ、地球を巡る巨大な軌道スタジオ<アウター・ハリウッド>で、
かつての僚友ディブ・ホールデンが殺される。彼は、デッカードに喋るブリーフ
ケースを届けに来たのだった。その中にはデッカードを殺そうとしてレイチェル
に殺されたロイ・バティの人格がダウンロードされていた。
 一方、デッカードと一緒に住んでいるサラ・タイレルは、正体不明の二人組の
訪問を受ける。彼らは、タイレル社いやタイレルの影会社の社員で、サラに協力
を求めてやって来たのだった。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆
 デッカード伝説を映画化するために本人を雇うという人を喰った設定とともに
心に氷の刃を抱き続けるサラの人物設定がうまいですね。
 前作『ブレードランナー2 レプリカントの墓標』より出来が良いと思います。
 そして、あっと驚く謎解き。これにはまいりました。ジータ氏の面目躍如!

『百の目が輝く』かんべむさし
'97/11/20、光文社文庫、514円
収録作:
「不倫の報酬」「百の目が輝く」「きったねえよなあ」「蛸の街」
「世界のうちで彼らほど」「空飛ぶ棺桶」「数々の不審」
「傷、癒えしとき」「髑髏パン」

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆1/2
 奇妙でユーモアたっぷりのかんべワールド。ダールとかサーバーの
短編がお好きだった方にお薦めできます。個人的には、スラップステ
ィック調の学園モノ「きったねえよなあ」のエスカレーションぶりが
好きです。

『消えた少年たち』オースン・スコット・カード著
小尾芙佐訳、'97/11/20、早川書房、2600円
'89年の短編「消えた少年たち」(『この不思議な地球で』所載)の長編版。
粗筋:
 '93年にフレッチャー家の家族が、ノースカロライナに引っ越してきたのは、
そこに新しい就職口があったからだ。それはコンピュータソフトのエイト・ビッ
ツ社のマニュアル製作の仕事だった。実は、一家の主のステップは、史学の博士
号を持っていると同時に、<ハッカー・スナック>というかつて一世を風靡した
ゲームのプログラマで、その版権でかなりの金額を稼いでいたのだが、その版権
収入が最近は途絶えがちになってしまっていたのだった。しかも、妻のディアン
ヌは四人目の子供を身ごもっていた。
 フレッチャー家の長男で八歳になる長男のスティーヴは、人見知りをする空想
癖のある子供でした。スティーヴは、どうも転校したての学校に馴染めず、いつ
も一人っきりで居ることが多いようでした。そしてどうやら、実際には居ない空
想上の友達をこしらえて彼らと遊んでいるらしいのでした。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆☆!
 アメリカ本国で物議を醸した短編版と同じく、この長編も基本的にはクリスマ
ス・ファンタジーです。この悲しいけれど清々しい結末は、あの『たったひとつ
の冴えたやりかた』にも通ずる感動があります。この本を読んだ子供を持つ親で
涙しない人は居ないに違いありませんね。
 また、カード氏がそうであるように、主人公のフレッチャー一家もモルモン教
徒で、モルモン教の活動の様子が細かに書かれていて、興味をそそります。モル
モン教の教義とかは、おぼろげながら知っていたのですが、その教徒たちが日常
的にどのような宗教活動をしているかは、知りませんでした。転居した先でも、
教会活動に従事することによって、すぐに知己が増えその地域に馴染めるのだっ
たらモルモン教徒になるのも悪くはないなぁと感じさせる筆運びの巧さには、い
つもながら驚嘆しますね。カード氏の作品を読む上でもファンは必読でしょう。
 IBMがパソコン業界の巨人として君臨する少し前の時代、パソコンソフト業界も
激流の渦の中にあったようで、色々面白いエピソードが散見できます。無能でこ
すっからい上司、幼児趣味のプログラマ、自分が神だと信じている少年、連続殺
人鬼とショッキングな話題を取り上げているにも関わらず、それほど暗いトーン
に陥っているわけではないので、どなたにも進められる名作だと思います。たぶ
ん、ダニエル・キース氏の『アルジャーノンに花束を』と同じく、この分野の古
典として早川書房のドル箱になるんじゃないかな。


『マグニチュード10』A・C・クラーク&M・マクウェイ著
内田昌之訳、'97/12/1、新潮文庫、781円
粗筋:
 イスラエル上空に飛来したイランのヘリ部隊によって、30マルチメガトン
もの貯蔵核兵器が吹き飛ばされ、数千万の人が瞬時に死に、中東全体の原油
が放射線を浴び、放射能物質を多量に含んだ雨をもたらし、オゾン層の大半
を破壊され、地面の下のプレートにも多大の影響を与えていた。この事件は
後にマサダ・オプションと呼ばれ、全世界の気候と経済・政治に大きな影響
を与えた。
 '94年のカリフォルニア大地震で両親を失ったルイス・クレインは、地震
を憎み、30年後には核実験の地殻に与える影響に関する論文でノーベル平和
賞を受賞するに至っていた。クレインは、佐渡の大地震の日時と無事な場所
を予想できることを証明し、自分の念願の夢を実現するべく行動を開始する
のだった。その夢とは、熱核兵器の地下でのスポット利用により、プレート
を溶接固定して、この世界から地震というモノを根絶しようという計画だっ
た。一方、クレインの元で働く地震学者ニューカム博士は、イスラム国家を
支持して職を失いかけた経歴があった。クレインの地震予知を利用して、選
挙を有利に進めようとする中国系コングロマリットの暗躍と、ニューカム博
士に接近するイスラム国家の陰謀が張り巡らされ、クレインたちは、否応な
くその渦の中に巻き込まれていく。

独断と偏見のお薦め度:☆☆☆☆☆
 研究一筋のマッド・サイエンティストであるだけでなく、資金調達にも手
腕を発揮するクレイン博士と、彼を尊敬しながらも反発を感じているニュー
カム博士、ニューカム博士の恋人で、自由闊達のコンピュータ技術者エイレ
ナ・キング、そして女であることと中国系企業の手先であることを隠して地
質調査局で働くスミ・チャンなど魅力に溢れる登場人物だけでなく、やはり
本当の主人公は、それが予知された時には逃げるしか手段がない巨大地震そ
のものでしょう。クライトン氏のパニック小説とはまた違った魅力が一杯の
人間ドラマを絡めたSFと言えます。SFファン一般に推薦できる傑作です、特
にバーンズの『大暴風』がお気に召した方には絶対のお薦め。
 クラーの思いついた850語の映画用の梗概を元に、マクウェイ氏が
まとめ上げた傑作。マクウェイ氏は、この作品を書き上げられて数ヶ月後に
46歳で他界されたそうです。なおマクウェイ氏の他の著作としては未来の私
立探偵マシュー・スウェインが活躍する『オールドタウンが燃えるとき』『
月は死を招く』『死のネットワーク』(創元推理文庫)があります。


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